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私と、とある新聞記者の話(別章「私は青レンジャーだ」)

「記者さんと坂井田さんが初めて二人で待ち合わせて飲んでいた時はびっくりしましたね。僕たちは大学生ですが社会人の人達にも店に来てもらいたいんです。常連さん同士が仲良くなるのは本当にうれしいです。『え?あの二人が待ち合わせ??』って本当にびびりましたよ」

他のバーのスタッフは言う。

「私たちの中で、記者さんと塾長さんと坂井田さんの3人がそろって飲んでいるのを見ると幸せな気分になるって言ってます」

「四葉のクローバーか」

私は、グラスに入ったブラックブッシュのロックを飲み欲すとスタッフに指を1本立てて見せた。

「珍しいですね。いつもギネスのイメージなのに。」

「そうだな。酔ってもいいんだ。今日は」

スタッフはそういう私に新しいブラックブッシュを注いでくれた。

まだ、私は酔っていない。客もまばらだ。

「酔っていいついでに話をしていいか?」

「珍しいですね。どうぞ」

「こないだ、記者さんと飲んだんだ。久しぶりに。」

「尼崎の事件の後処理で大変だって言ってましたよ。」

「みたいだな。」

私は家を職場の近くに引っ越してから随分この店とも疎遠になっていた。それと同時に記者ともなかなか時間が合わず顔を合わせることも少なくなっていった。

私は私でちょうど転職活動で忙しく、偶然時間が取れた際に、六甲道で馴染みの居酒屋とバーの中間のような店で会ったのだった。1週間ほど前の話だ。

店で近況の報告をお互いに済ませ、札幌ラガービールの大ビンの4本目を開け始め、名物の鶏の丸揚げがでたころに、急に話は及んだ。

「なぁ、坂井田ちゃん。そろそろ出ないの?」

「出るってなに?」

「こんどあるよ。市議会選。また、君の同級生がでるみたいだけど。」

「市議会に私が?馬鹿言っちゃいけないよ。」

「なんで?君ほどの器量があれば十分だろう。市議会レベルならすぐだよ。県議会でもいけるかもしれない。」

「確かにな。県議会議員の街頭演説聞いててもへたくそだもんな。」

酒の勢いが手伝ってからか外野は簡単に評論できるものだ。

「まぁ、とにかくないな。」

「興味はあるってことだろう?」

「ないことはない。でも、それ以上に市議会議員になってやりたいことが何一つない」私はグラスのビールを飲み干すと、自分で手酌をしようとした。

私の手を振り払い、記者は瓶ビールを持ち、私の目を隣から見据えてきた。

「君がやるなら、僕は持てる力と人脈を余すことなく君に使うんだがなぁ。某政党の県のトップとか紹介するぜ。」

そう言うと、私のグラスにビールをなみなみと注いだ。

「違うんだなぁ・・・・・。」

私は彼の手からビール瓶を奪うと、彼のグラスにもビールを注ぎ足した。

「何が違うんだ?」

私はビールを一口でグラスの半分ほど飲み干すとグラスをテーブルに置いた。この店のビアグラスは昔ながらの小さなビアグラスで私の好みに非常にあっていた。

「やりたいことがない。昔からそうだ。それより、人のやりたいことをかなえる方が好きだ。所謂参報タイプなんだよ。やるなら塾長を担げよ。あいつの神輿だったら私も担いでいい。」

塾長とは私の大学時代からの友人であり、近所で塾を開いているので通称「塾長」である。

「塾長ね。」

「そう、あいつも政治は好きだし、私なんかよりよっぽど熱いよ。あいつは赤レンジャーだ。君こそどうなんだ。その持ってる人脈を自分で使おうとしないのか?」

私は意地悪く隣にいる彼の眼を覗き込んだ。

「確かに、塾長は赤だな。でも、僕は青なんだ。それこそ正真正銘のね。だから僕は最高の青レンジャーになれるよ」

そういうと彼は嬉しそうに私の顔を見た。

「私も青レンジャーだ。塾長こそ赤レンジャーだよ。」私は煙草に火をつけた。3年ほどやめていた煙草を彼と出会ってから再び吸い始めていた。

「塾長も言ってたよ。自分は青レンジャーだって。『啓介こそ赤レンジャーだ』って」

そういうと、嬉しそうに瓶ビールを手に持ち私のグラスに注ぎ足した。それから、追加の瓶ビールを「赤星を」といって注文した。

私は左手人差し指と中指で挟んでいる煙草の煙を眺めながらしばし思案した。

「あいつが青レンジャー?そして、私が赤レンジャー?そんな馬鹿な話があるかよ」

私は、そう吐き捨てるように言うとグラスのビールを一気に飲み干した。

記者は愉快そうに私のグラスに新しく来た瓶ビールを注ぎいれた。

「まぁ、そういうことだ。諦めなって。」

「いや、塾長こそ赤レンジャーだ。君だってそう思わないか?」

恨めしそうな顔とは今の自分の顔を言うのだろうという気分だった。

「確かに。一見すると塾長は赤だね。でもね、僕も塾長も君が一番赤だというのは共通している。彼は言っていたよ、『啓介は自分のこと青だというだろうけど、あいつは真正の赤レンジャーだよ。あいつ、次の選挙でないのかな?』って」

「何をそんな馬鹿な・・・・」



「という話になってな。ひどくないか?私が赤レンジャーだと思うか?塾長こそ赤だろう?そう思わないか?」

ブラックブッシュを何杯か飲み欲し、今は2杯目のギネスビールを飲んでいた。

年上に絡まれたバーテンダーもかわいそうなものだが、愉快そうに笑っていた。

「確かに、塾長さん赤っぽいですよね。」

「そう思うだろ。」

私は煙草の箱を開ける。残り2本しかない。

「坂井田さん。煙草買ってきますよ。ラークでいいですね。」

「いや、いい。大丈夫。自分で買ってくるよ。」

そう言うと、煙草に火をつけた。

「よかったらこれ。」

バーテンダーのセブンスターが私の前に置かれた。

「ありがとう。」

「先ほどの話ですけど、確かに塾長さんてむちゃくちゃ赤っぽいんですけど、気持ちわかるなぁ・・・・」

「なんの?」

「坂井田さんでしょ、記者さんでしょ、塾長さんでしょ。その3人で考えると、坂井田さんを担ぎたくなるのはわかりますよ。坂井田さんは赤レンジャーですよ。でも、あの二人にそう言われるのってすごいことですよ。」

私は言葉にならず、残りのギネスを飲み干すと、店を出た

ちょうど煙草も切れかけていたのだ。

私は最後の一本の煙草に火をつけると駅までの道すがら足をもつれさせながら歩いた。

なるほど、確かにあの二人に赤レンジャーと言われるのは悪い気分でもない。働かない頭でそう思った。

「でも、本当に私は青レンジャーなんだ」

口に出すとどうしようもないほど笑いが込み上げてきた。


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