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私がSNSで「さわ田」と名乗る理由

note毎日更新でネタがなく、自分語りが始まった・・・わけではありません。

私がツイッターを始めたのが2020年3月か4月ごろ。

どうしても繋がりたい人を発見したんです。

このブログの筆者で、この人はツイッターってやつを毎日更新しているらしい。

2020年8月に渡豪予定だった私は、オーストラリアですぐに仕事が見つからなかったときのために、何か副業的なことをしたいなと、スマホで検索する日々。

普段乗らない、大阪環状線の中でふくちゃんのブログを見つけた衝撃は一生忘れません。

この人にならって、ブログをやってみよう!

ふくちゃんのブログを参考に、Udemyでも勉強し、1人でワードプレス開設、記事入稿までできました。

▽これがそのブログ

知らないことを知って、できていく快感を教えてくれたふくちゃん、ありがとう。

この合間にツイッターのアカウントも開設。

あ、名前は?

ここで、「さわ田」を思いつきます。

これは、おばあちゃんの旧姓。

大正時代、大阪商人の家に生まれた祖母は、子どもの頃からシュークリームやチョコレートを食べ、都会のエスカレーターが遊び場で、何不自由なく育ちます。

勉強は苦手でも、手先の器用さはピカイチ。

若くして結婚し、引き続き豊かに暮らしていたのですが、夫(私の祖父)の会社が潰れ、悪いことは重なり、彼は病気になります。

これまで、働いたこともない元お嬢様の祖母が一家の大黒柱として、生計を立てることになりました。

どうやって?

得意の和裁で!しかも自宅で。

昭和30年代に在宅ワーカー爆誕!

祖母は、自宅で着物を縫う仕事をしながら、3人の子育てと家事と祖父の看病をしました。

着物の仕上がりがあまりにも美しいと評判になり、超高級な生地は祖母にしか頼めないと言わしめたそう。

そうなると、もちろん着物1枚の単価もあがります。

前置きが長くなりましたね。

私も自分の力で生み出したお金を手にしてみたいなと、祖母の旧姓を名乗ることにしました。

ふくちゃんや祖母のように
「場所や時間や人にとらわれることの少ない働き方で、給料を手にする。」

これが私の目標。

私の場合は、学校の先生を天職だと思っているので、その傍にあくまでも副業で。

そのために・・・
今年はしっかり「継続」していきます!

という、私の今年の決意表明でした。

ここまで読んでいただいた方、ありがとうございました。

こうして今、noteを書いているのもふくちゃんが背中を押してくれたからです。

▽ふくちゃんのnoteは無料で有料以上の価値あり!



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