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二〇一五年九月 参

scene 66

ついに俺と雪江の結婚式と披露宴の日がやってきた。
会場は山形市で最古にして最大のホテル、招待客は約四〇〇名。キモノ・マーケットなら入りきらない人数だ。久しぶりに実家の両親と兄貴、前橋のおじさんに会う。うちの親戚と言ったら、ただこれだけなのだ。
「愛郎、あらためておめでとう」
控室で実の父が表情を緩める。今俺の父は石川権兵衛なのである。実の父とか所沢の父とか言うほかない。
「お兄ちゃんもほら、雪江さんの紹介で」
実の母も笑う。
「えー、あれ、ちゃんと進んでんだ。兄貴やるじゃん」
俺は兄を小突いて笑った。
「いや、まぁ、な」
兄があさっての方向を向いて照れる。
「次は道郎の番だ。ちゃんと夫婦で結婚式来るんだぞ、愛郎」
前橋の伯父さんも笑う。そこに、係の人が結婚式場への集合を告げに来た。俺たちは表情を引き締めて式場へ向かう。
式は伝統に則って、神前である。地元の寒河江八幡宮から宮司が出張してきている。式は寒河江八幡宮で挙げて、その後山形市のホテルへ移動、というスケジュールを父が推したが、時間がもったいないという理由で母に却下されたのだ。せめて宮司だけでも寒河江八幡宮からという父の意見はあっさり通過したのだが。
式場に入ると、白無垢に綿帽子の雪江と石川家の親戚筋が先に待機している。俺たちもそそくさと待機する。両家の関係者の人数が全く違っていてどうにも格好がつかないが、これは致し方ない。
巫女の先導で着席し、宮司がやってきて何やら祝詞を述べ神事を行う。小川ならこの行為の一つ一つを事細かに解説してくれるだろう。
いわゆる三三九度というやつをやって、誓詞を読み上げたり玉串を捧げたり巫女の踊りを見たり親戚が契の盃をあげたりして、三〇分ほどで式は終わった。神前結婚式でも指輪交換をやるというのは少々驚きだったが。
ちょっとの休憩の後、メインイヴェントの披露宴だ。雪江は感極まっているのか今日は一言も発していない。長持唄とかいう民謡に載せて入場すると、ピンスポが俺たちを照らす。照明を浴びるのは慣れていたが、紋付袴で浴びたのは初めてだ。媒酌人を両脇に、俺たちは着席する。そういえば媒酌人という人には今日初めて会った。どうも、山形県選出の自由国民党の国会議員らしい。つくづく、とんでもない家に婿に来たものだ。その先生が、よく響く声で先ほど結婚式が滞り無く行われましたことをご報告いたします、と招待客に告げると万雷の拍手が返ってきた。
それからは石川家関係の祝辞が延々と続く。徳永家の方は祝辞を辞退しており、祝電に父の会社と兄の所沢市役所、母のスーパーからのものが披露された程度である。もともと徳永家には荷の重い披露宴だし、両親も兄貴も伯父も開き直って、お客様のつもりで来ている。
山形県議会議長というお方の発声でようやく乾杯となり、雪江が初めて俺を見て笑い、声を発した。
「この着物、重い」
「ごくろうさまです」
俺たちも乾杯した。
雪江はお色直しにさっさと席を外す。俺はその間、次々とやって来る招待客の酌にいちいち頭を下げていた。足元にはバケツが置いてあり、タイミングを見てコップの中身をあけ、また酌を受け続けるのだ。
その後雪江は白無垢から豪華な打ち掛けに着替えて再登場する。その間も入れ代わり立ち代わり祝辞を述べる人が登場するが、俺が知っているのは大畑指導部長と高梨管理部長だけだった。次は俺も退出して二度めのお色直しだ。父と母はテーブルを回って酌に選挙活動に余念がない。実の両親も兄貴もいちおう酌をして挨拶に回っている。
「披露宴ってのは疲れるな」
「前半はお父さんとお母さんのための時間だからね」
雪江は下着姿で頭に文金高島田のかつらを乗っけている。なかなか笑える絵だ。
「後半からは私達の時間」
俺は紫色のスパンコールを振りまいたタキシードに着替える。
「なんかこれから紅白に出る演歌歌手みたいだな」
雪江と着替えスタッフのお姉さんが爆笑した。
次の入場は、全テーブルを回るキャンドルサーヴィスだ。雪江はシンプルな紫のカクテルドレスにショールをひっかけた姿で、いいとこのお嬢様感満載である。俺の方は演歌歌手。父と母の関係のテーブルは素早く流し、友人の卓へ急ぐ。
「ユキーきれいだー」
ドレスアップした櫻乃が目を泣きはらしている。この美人はとにかく感激屋なのである。
「若旦那、頼むよん」
荒木はもう酔っ払っている。雪江を娶りたいと密かに考えていたであろう彼は心中穏やかではないかもしれないが、もう諦めてもらうしかない。
「オニシロウちゃんも早くね」
雪江が店長に微笑みかける。黒いスーツに黒いシャツ、銀色のネクタイできめた店長は真っ赤になって、ビールをがぶ飲みした。
学院の招待客は、幹部と若手でテーブルを離してある。若手の現場教員が幹部教員に萎縮しないようにという母の配慮だ。
「石川さんおめでとー」
山口さんが明るく手を振る。
「おめでとう石川さん」
東海林さんがにっこり笑ってグラスを捧げた。はて、東海林さんの隣の女性は誰だろう。
「いろいろ考えたのですが、攻殻機動隊の草薙素子少佐の制服姿にしてみました」
小川だった。ワンレンだったロングヘアをフロントサイドが異様に長いボブに揃え、ミリタリーチックなスーツとロングタイトスカートだ。タイトスカートはかなり上の方までサイドスリットが入っており、網タイツが覗く。色鮮やかなドレスが多い会場で、むしろ目立つカーキ色だ。よくもこんな服を揃えたものだ。
「ドレスでコスプレだと、どうしても肌の露出度が高くなってしまいますので、披露宴には不向きかと。草薙素子の場合本来髪は赤紫なのですが、さすがに控えさせていただきまして」
「いやなんでコスプレ前提なのよ」
「やーんサーヤステキー!」
雪江が小川に抱きつき、撮影会が始まってしまった。小川はモデルガンまで腰に差している。そういうキャラクターなのだろうか。しかし、小川はきちんと磨くとかなりの美人ですごいプロポーションだ。
宴は盛大に進行していく。披露宴は地元民放テレビ局の女子アナが司会を務めているのだが、彼女がテレビに出ている時と同じ声でアナウンスする。
「新郎は学生時代、地元で大人気のロックバンドでギターを弾いておられたそうです。次のコーナーは、新郎の愛郎さんにそのギターの腕をご披露いただきます!ではお色直しをお願い致します」
俺は周囲にペコペコ頭を下げて退場した。控室で黒いマオカラーに着替える。そして、用意してもらっていた金髪のヘアウィッグを付けてバンダナで固定し、レイバンのサングラスをかける。JET BLACKのアイが再生した。
その姿で再登場すると、会場からどよめきが起きた。さっきのペコペコした態度はどこへやら、JET BLACKのギタリストは尊大に振舞うのだ。


scene 67

「今日は、新郎が顧問を務める軽音楽部の生徒さんも応援に駆けつけていまーす」
ライトがステージを照らすと、西川はじめSTAY GOLDのメンバーが位置についている。皆制服姿で、俺の格好が浮く浮く。
「石川先生、雪江様、おめでとうございます!今日はお祝いのために、先生とセッションさせていただきまーす」
大泉がハイトーンで明るく言う。
「ワントゥー」
西川が気取った発音でカウントする。いつもの曲が始まった。
「オン・ギター、アーイ!」
西川がミギの口調を真似て叫ぶ。俺は濃厚なソロを叩き込んだ。
「オン・ギター、フジオー!」
俺がお返しに西川をコールしてやると、俺のソロを上手くアレンジしたソロをやる。西川は確実にうまくなっている。毎日練習を怠らないのだろう。西川の覚悟が伝わってくるようで、サングラスをしているのをいいことに俺は少し泣いた。
少し前に流行った曲で知っている人も多かったと見え、会場はまた万雷の拍手だ。幹部席のあたりでは、母がお偉い方に何やら話している。手のつけられない問題児だった西川を俺が音楽で更生させたとでも話しているのか。
「次は、新郎の愛郎さんが作曲し、新婦の雪江さんが作詞したオリジナルソングのご披露です。新婦の雪江さんのご登場でーす」
出入口にピンスポが当たると、なんと学院の制服をまとった雪江が立っている。会場が拍手と爆笑に包まれた。雪江が俺の隣に来て、俺の右頬にキスをする。また拍手と爆笑。それにしても、雪江の制服姿はアレの時だけなので、とにかく恥ずかしい。
「そして、本日のスペシャルゲストです!新郎の愛郎さんが学生時代に所属していたバンド、JET BLACKの皆さんが駆けつけてくださいました!」
「なんだとぉ?」
俺は素に戻った。雪江が立っていた出入口に、四人の姿が照らしだされた。大型モニターには、あのDVDの動画が流れる。
「ご両家の皆様、高いところから失礼致します、BBミュージックの塚本と申します。本日は誠におめでたい席にお招きいただき光栄の至りでございます。さて新郎の所属していたバンドJET BLACKは、今年三月にプロデビューいたしました。新郎はプロのミュージシャンだったのですよ皆様。そして彼は、きっとプロの教師になるでしょう。最高の教師に。今日は心からお祝いをさせてください、アイ!」
披露宴の招待客である塚本社長が絶妙のMCを入れる間、メンバーはSTAY GOLDたちの楽器を取る。ミギがキーボード前に座ってMCを取った。
「アイ、雪江ちゃん、おめでとーねー!アイと雪江ちゃんが作った曲やるよー」
そのタイミングで、一糸乱れぬイントロが始まった。この間ミギとコトブキに協力してもらって仕上げた曲だ。サビのフレーズをガンガンに押し出し、完全形になっている。
「オン・ギター、アーイ!」
コトブキが叫んだ。
「オン・ヴォーカル、ユッキー!」
ミギが続く。
「ズィーロゥ・オクローック・ワンセカン・ビフォー、ヒャーウィーゴー!」
俺は叫び、リードを取る。あの頃と全く変わらない連携だ。雪江がマイクを掴んで歌い出す。

Zero o'clock one second before

午前零時 壱秒前 シンデレラが踊る
午前零時 壱秒前 ガラスの靴が砕けそう
午前零時 壱秒前 私を抱きしめて
夢が砕けてしまわないように 強く抱きしめて

夢を見る頃は過ぎたと 誰もが私に言ったわ
ガラスの靴を履いては 踊ることなどできないと
あなたが私を迎えに来てくれる 時計の針が午前零時を指す前に
私は汚れた灰かぶり姫 私を見つけて 探しだして

夢を見ることを禁じないで 私を叱らないで
ガラスの靴を壊さないで 踊りに誘ってちょうだい
あなたが私を迎えに来てくれる 時計の針が午前零時を指す前に
私は汚れた灰かぶり姫 私の手をつかんで 離さないで

午前零時 壱秒前 シンデレラが歌う
午前零時 壱秒前 靴が砕けても歌う
午前零時 壱秒前 私をつかまえて
私は幻の宮殿で歌ってる、私をつかまえて

時計の針を止めてしまうの あなたが来るまでは
ガラスの靴を胸に抱いて泣いているわ あなたが来るまで
あなたが私を迎えに来てくれる 時計の針が午前零時を指す前に
私は汚れた灰かぶり姫 汚い服を着て歌い踊る

午前零時 壱秒前 午前零時 壱秒前
午前零時 壱秒前 午前零時 壱秒前
あなたが私を迎えに来てくれる 時計の針が午前零時を指す前に
あなたが私を迎えに来てくれる 時計の針が午前零時を指す前に
あなたのキスで 私をきれいなお姫様に変えてください

バンドのステージ衣装の俺と女子高生スタイルの雪江、まったく私服のJET BLACKメンバーという珍妙なユニットだが、曲はミギとコトブキのアレンジでドラマチックに仕上がった。また拍手が起こる。
「石川さん、ユキ、すごいよ!すごいよこれ!」
アニソン仕立ての曲調に小川が狂喜しているのが見えた。
「素晴らしい演奏でした」
司会の女子アナが俺のところへやってきてマイクを向ける。
「いや、プロのバックアップで」
「JET BLACK、リーダーの…右田さんですね」
女子アナはミギの方へマイクを向ける。
「永遠の創立メンバー、アイのために駆けつけましたー!ってか、今夜ミュージック総和でシークレット・ギグでーす!来てねー!」
ミギの話した内容はけっこうすごい話なのだが、この会場の客は全く理解できていない。
「アイ、こないだ話した件、いいだろ?この曲富士男と春陽にプレゼントして」
「好きにしてくれって言ったろ」
「written by eye & yukkieってクレジットすっからな」
「えー私もなの」
「作詞したの雪江ちゃんだろがよ」
ミギがそう言い、メンバーとともに宴席を出て行った。
「それでは次に、新郎の愛郎さんが担任なさっている、寒河江中央学院高校一年一組の生徒さんを代表して、菅野美依さんと鈴木美緒さん、日塔美優さんの仲良し三人組から、花束とお祝いメッセージを渡していただきます」
スポットライトがミニ三連星をとらえる。菅野と鈴木は緊張気味だが、日塔は穏やかに微笑んでいる。
「い、石川先生、雪江様、ご結婚、お、おめでとうございます」
普段は快活な菅野はガチガチに緊張している。
「みんなで寄せ書ぎば書ぎましたー」
軽い訛りがなんとも可愛らしい鈴木。
「末永くお幸せに」
日塔が満面の笑みで俺たちを見て言う。菅野が俺に、日塔が雪江に花束を渡し、鈴木が寄せ書きを俺に渡した。雪江は学院の制服のままであり、四人の制服姿が並んだ。司会の女子アナがみなさんお写真をどうぞと煽るので、しばらくシャッター音が止まらない。
「美優ちゃん、あーくんを好きでもいいけど、私にばれないようにやんなさい」
雪江は撮影者にサービスするふりで日塔に頬を寄せ、小声でそういった。
「はい雪江様、決してわからないようにします」
日塔もカメラ目線でにっこり微笑んだまま小声で返す。
「でも雪江様にかなわないのはわかってます。私、雪江様のことも大好き」
「やーん美優ちゃんかわいいんだからもう」
雪江はいっそう強く日塔を抱き寄せた。
「同じ男を好きになった者同士は、仲良くするんだよ」
雪江は、ミギに言ったのと同じことを日塔に言っていた。
「はい雪江様」
日塔はあの特上の笑顔で笑った。


scene 68

披露宴が終わったあと、俺と雪江はミュージック総和に向かう。ミギが去り際にバックステージパスを俺に渡してくれたので、苦もなく開演前のステージに入り込めた。ステージ上では、西川と大泉が楽器やマイクのセッティングを手伝っている。彼らが俺に気づき、礼だけしてまた仕事を続ける。
「西川、おまえ知ってたんだろ、ミギたちが式に合わせて山形でライブやるの」
俺の言葉に西川はステージの上で頭を掻いた。
「ミギさんにじぇったいナイショだがらなって釘刺されだっけのっす」
「アイをびっくりさせるんだって、キタさんも」
大泉はキタの五弦を磨いている。
「そっか、ちょっとお前らも楽屋行こう。腹減ったろ」
披露宴では新郎新婦にも膳が用意されるが、とても食べている暇などない。生物以外は全て折り詰めにしてもらった。父と母の膳もほとんど手付かずなのは同じだったので、それも頂いてきた。
狭い楽屋へ入ると、ミギたちはコンビニのおにぎりを食べているところだった。
「差し入れ、山形で一番のホテルの高級料理だ」
「いえーい!」
昔と全く変わらない風景だった。ライブの前は楽屋で皆揃ってコンビニのおにぎりを食っていたっけ。
「富士男、春陽、お前らも食え食え、キタに全部食われっちまうぞ」
リョータローが笑う。メンバーで一番若いリョータローは、後輩ができて嬉しいらしい。
「お赤飯あるわよ春陽」
「わぁい雪江様ありがとー私お赤飯大好きー」
「俺も大好ぎなよ、あずぎまま」
「なんじゃアズキママって。どっかのオカマバーのママかよ」
西川の指導係であるコトブキが突っ込む。
「いそうだな」
ミギが爆笑した。
「キタ、マジで全部食ったぞおい」
四つ持ってきた折り箱のうち、キタが一つを完食したので俺は驚く。赤飯も二つ食った。
「ごっそさん。いやーうまかった」
楽屋に明るい笑い声が響く。
「アイ、出てくれんだろ」
ミギがステージ衣装に着替えはじめる。雪江と大泉がいる事を全く気にせず、パンツ一枚の姿になった。さすがに大泉は楽屋を出て行くが、ミギがゲイであることを知る雪江は全く気にせずコトブキと話をしている。
「いいのかよ」
ミギは式場からの去り際に、今夜のシークレットに出ろと俺に言ったのだ。
「いいに決まってんだろ。もちろん持ってきてるよな、さっきのスーツ」
「カツラとグラサンも持ってきたよ」
「オッケー、Straight Flashでシークレットゲストだ」
「りょーかい」
「よっしゃ、最後にざっとリハやって、始めっか」
JET BLACKがおうと答え、腰を上げた。
「今夜ミュージック総和に来てくれた諸君、キミタチは非常に運がいい!」
リョータローがミギのMCにあわせてドラムロールを入れる。客入りは百人そこそこだろうが、今夜のシークレットがJET BLACKだと嗅ぎつけたコアなファンたちだ。ミギのMCにいちいち大声で答える。
「なに、キミは仙台から来たの?仙台って山形じゃないよな?おまえは?ツルオカ?どこだよそりゃ知らねーよ」
ミギが客をいじり、爆笑が続く。
「運がいいよキミタチー。今夜のシークレットを俺たちだと見抜いてやってきてくれたおまえらに、シークレットゲストのプレゼントだ!」
Straight Flashのイントロが始まり、客が歓声を上げる。
「今夜だけ復活したぜ、オン・ギター、アーイ!」
コトブキのフレーズに絡んでギターを弾きながら、俺はステージに出た。悲鳴なのか怒号なのかわからない声が客席から上がる。リョータローは激しくシンバルを連打して客を煽る。
「久しぶりだなー、元気にしてたかおまえらー!」
俺はマイクに向かって叫んだ。
「俺だよ俺ー、ニセモンだと思ってんじゃねーだろーなー?」
俺は得意技のひとつであるピック・スクラッチを盛大に鳴らした。客がそれに反応し、歓声が高まった。
「アイがなー、今夜だけ特別に復活してくれたんだぜー。俺たちを探し当てたご褒美だ、楽しんでけよー!二度とないかんな~ Straight Flash!」
ミギがMCを切るタイミングを正確に捉え、JET BLACKの代表曲が炸裂する。俺とコトブキのツインリードはキモノでの脱退ライブ以来だが、まるでずっとやっていたかのように自然に二本のレスポールが絡み合う。ミュージック総和は興奮の坩堝だ。Straight Flash!のコールは全員が声を張り上げ、ミギに合わせてジャンプする。床に穴が空きそうだ。俺は持ってきたピックをあらかた客席に放り投げた。
「サンキュー!ありがとー山形ー!わりーけど時間押しててさー、アンコールカンベンなー。アイが来てくれたから、それでチャラなー」
ミギがライブの終わりを告げ、ステージのライトが落とされ客電がつく。ファンは名残惜しそうだったが、アンコール無しのミギの言葉を聞いて帰っていった。
客がはけた会場で、西川と大泉が機材を片付け始める。
「おつかれさんだな」
着替えを終えて私服に戻った俺は、ふたりに声をかける。メンバーもそれぞれ着替えて、ツアーバンに荷物を積んでいるところだ。
「夏休みんとき、いっつもやってだがら」
西川の髪は、ちょうど一年前の俺のように伸びかけたボウス頭だ。西川も、頭を丸めて覚悟を示したのだった。あの時の俺と同じように。
「手伝うことあるか」
会場に柏倉がぬっと現れ、沖津と國井、五十嵐が続いてやってきた。日塔もいる。
「賢さん、姐御、大丈夫だっす、もう終わりださげ」
「おいおい、こういうトコは生徒は立入禁止だぞ」
「保護者として成人が来てますってことで。だいたい、富士男と春陽はどうなんよ」
國井が笑って言う。もともと問題視するつもりもない。國井たちが来ていることはステージの上から確認済みだ。
「西川と大泉は、就職内定先での研修だ」
俺の言葉に西川と大泉が苦笑する。
「でもセンセ、やっぱプロなんだねぇ。すごい迫力だった」
沖津が感心する。私服だとますます高校生に見えない。
「んだっす、脱退ライブからほとんど一年経ってんのにまったぐ衰えてねっけ」
西川が興奮気味にまくし立てる。
「そっかー、あん時からもう一年かぁ」
俺の荷物を持って雪江がやってきて、俺と腕を組む。
「あ…先生すごくカッコ良かった…おしっこもれるかと思った」
日塔が感慨無量でため息混じりに言う。
「早くおトイレ行っといで美優ちゃん」
雪江がツッコミを入れ、爆笑になった。日塔も笑っている。
「来月の陵山祭、頑張ろうな」
柏倉がぼそっと言った。その言葉をきっかけに、國井が全員とハイタッチを始める。
「さーて帰るか。柏倉と沖津は俺の車でな」
國井そう言うとさっさと出て行く。むろん、五十嵐も含みだ。
「じゃ残りは私の車にね。いっぱいいっぱいだけど」
「雪江様の車大きいがら大丈夫だー」
大泉が訛りモードで笑った。彼女は完璧に標準語と山形弁を使い分ける。ミュージシャンとしては、面白いスキルかもしれない。
「アイ、今日はどうもな」
ミギを先頭に、メンバーがやって来る。西川と大泉はお疲れ様ですと大声を上げてメンバーに礼をする。もうすっかりBBミュージックの新人が板についている。
「いやこっちこそ。楽しかったよ。それに披露宴にまで来てくれて」
「営業だよ営業ー」
リョータローが笑う。
「ギャラは貰ってるし、むしろこっちがトントンかなぁ」
「シークレットにしなきゃもう少し入ったろう」
コトブキとキタが話す。
「だってシークレットにしなきゃアイにばれちゃうじゃんよ」
ミギが笑う。
「シークレットゲストまたやろうぜ、アイ」
「いや、もうやらない。今日で終わりだ」
「寂しいこと言うなよ、おまえは永遠にうちのメンバーなんだぞ」
「わかってるさ、ありがとう。でもな、もう西川がいる。こいつに俺の夢を託すよ」
「…富士男、聞いたな?」
ミギが低い声で言った。
「アイの引退宣言だ。一番弟子のお前が根性見せろ」
「ハイっす!」
体育会のノリで西川が背筋をただし、腰を直角に折って礼をする。
「西川、これやる」
俺は雪江が持っていたマオカラースーツの入ったバッグを、西川に差し出した。
「いつかこれ着てステージに立ってくれ。サイズは似たようなもんだろ?」
「アイさん…」
西川はあえて俺を先生と呼ばない。
「光栄だっす、アイさん!ありがたくいだだぎます!」
「ホントならギターをやりたいトコだけど、お前のほうが何百倍もいいの持ってるしな」
「ちげえねえ」
ミギが笑った。
雪江との結婚式を挙げたこの日、俺はJET BLACKを完全に脱退した。

(「二〇一五年九月 肆」へ続く)

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