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医学から環境問題まで 微生物の力を化学と遺伝学で解明 /吉田 稔 教授 [農学部リレーインタビュー vol. 3]

微生物の活用というと、発酵食品を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし実は、医薬や環境問題にいたるまで、微生物のはたらきは幅広く私たちの生活に関わっています。第一走者の丹下先生からタスキを受け取ったのは、応用生命工学専攻の吉田稔 先生。微生物たちのもつ多彩な可能性を語ってくださいました。

プロフィール | 吉田 稔
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻
生物機能工学講座 微生物学研究室 教授。博士(農学)。
専門分野は応用微生物学。研究テーマは「微生物に由来する生理活性物質のケミカルバイオロジー」。
国立研究開発法人理化学研究所 環境資源科学研究センター 副センター長。
日本農芸化学会会長、日本生化学会理事、日本分子生物学会理事などを歴任し、2021年6月現在、日本がん分子標的治療学会理事長。2017年より世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)プログラムディレクター代理。
東京大学運動会理事長に就任した丹下健 教授の後任として、東京大学赤門全寮委員会委員長を務める。

微生物の作り出す物質の活性を探る、ケミカルジェネティクス

学生から助教授まで、東京大学の醗酵学研究室に在籍していました。その頃から一貫して研究しているのは、微生物が作り出す分子量の小さな物質です。当時は物質が発見されても化学構造が新規のものでなければ、特許が取れないので研究は続行しないという事情があったものですが、既知の物質であっても新しい生理活性を示すメカニズムに面白さを感じていました。たとえば大学院生の時に見つけたトリコスタチンA(TSA)は初めてのヒストン脱アセチル化酵素の特異的阻害剤でした。TSAは、物質としては既知のものでしたが、白血病細胞の分化を強く誘導する新しい活性物質でした。当時ヒストン脱アセチル化酵素の機能はわかっていませんでしたが、その阻害剤のおかげで現在ではエピジェネティクス(遺伝子発現制御機構)の重要なメカニズムのひとつとして、抗がん剤のターゲットとなっています。

そもそも研究対象となる微生物代謝産物の作用標的を見つけることは非常に難しいのです。物質が標的分子と物理的に結合していることに併せて、遺伝学的に機能と関連していることも証明しなければなりません。化学と遺伝学を組み合わせることが重要です。そのため理化学研究所では「ケミカルジェネティクス(化学遺伝学)」という研究室(現在はケミカルゲノミクス研究グループに移行)をつくりました。

地球環境にも大きく影響する微生物の動き

微生物代謝産物が応用されるのは医学分野にとどまりません。たとえば東京大学の研究室で扱っているテーマのひとつは、温室効果ガスのひとつである亜酸化窒素の問題です。

植物の三大栄養素のひとつである窒素肥料をまくと、土壌中の微生物による脱窒現象が起きて最終的には窒素分子にまで還元されますが、その途中で必ず亜酸化窒素が生成されます。その温室効果は二酸化炭素の約300倍ともいわれ、オゾン層破壊の原因として非常に大きな問題となっています。
窒素肥料は地球上の人口を支えるために必要ですから、ただ減らすということは難しい。そこで、微生物の働きをコントロールすることで、窒素肥料の使用を減らせないかと考えています。植物と土壌微生物は窒素化合物を取り合う関係にあります。ですから作物の周辺土壌において微生物の脱窒反応を抑制して、作物が窒素化合物の取り込みにおいて優位になるように変化させることができれば、窒素肥料そのものの必要量を減らすことができ、脱窒に伴う亜酸化窒素の生成も抑えられると考えられます。このような、環境に優しい微生物や制御物質の研究を始めています。

微生物が織りなす物質コミュニケーション

微生物同士のコミュニケーションも研究テーマとして掲げています。カビと酵母、あるいはカビ同士であっても競争相手より有利になろうとしますが、もしかしたら協調もしているかもしれません。

例えば、多くの微生物には自身のポピュレーションを感知するシステムがあります。競争する他の微生物に対する優位性を確認するために、分裂酵母がある低分子物質を作って少しずつ放出していることを発見しました。分裂酵母は、窒素源として用いやすいアンモニアやグルタミン酸が存在する環境下ではそれらを優先的に利用し、利用しにくいアミノ酸を取り込むトランスポーターの発現は抑制されます。自分たちの数が少ないうちは競争に負けないようそうしているのですが、放出物質の濃度が上昇して自分たちのポピュレーションが増えたことを感知すると、もはや競争の必要がなくなったということで、使いづらくてもさまざまな用途のある別の窒素源を取り込むように変わります。つまり、自ら作り出すシグナル物質によって、物質取り込みの代謝を切り替えているわけです。

私たちはこの分裂酵母の細胞間コミュニケーション機構を担う低分子物質を探索し、構造を決定しました。分裂酵母の一種のフェロモンと言えます。実はバクテリアにはよくあるシステムなのですが、酵母やカビではあまり知られていませんでした。大学院生が研究テーマとして、他にもあるのではないかと一生懸命に探しています。

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基礎研究と応用研究の両面から微生物の新たな可能性を見出す

(上記の)分裂酵母の話もそうですが、新しい発見は偶然によるものが多いです。応用の場面で思いがけない現象に出会ったとき、改めて基礎研究をしっかり行う必要があります。例えば生産の現場で変な現象が発見されたけれども企業では余裕がなくてメカニズムを解明できない場合に、大学が基礎研究に取り組めばよいと思います。生産現場で見つかる現象は、まだ誰も研究していない新しいテーマです。私たちは現在、製薬企業で発見された新しい抗生物質や抗がん剤候補の作用標的を明らかにする研究を積極的に進めています。基礎と応用の両方が互いに補い合う産学連携の体制が理想です。

われわれの基本的な技術は化合物とその標的のスクリーニングです。夢物語かもしれませんが、新しい物質を探索することで、環境やエネルギー、食糧問題に貢献できないかというアイデアで研究をしています。


〜 インタビュー後記 〜
タスキを渡した丹下健 先生とのつながりはなんと、駒場キャンパスに通った教養学部前期課程での同級生。語学の授業で席が隣同士だったのが最初の縁だそうです。丹下先生は野球部、吉田先生はバレー部だったのだとか。意外なつながりも見出されるリレーインタビューです。


(インタビュー実施日 2018.05.07)
インタビュー・編集/東京大学大学院農学生命科学研究科 One Earth Guardians育成機構 深尾 友美, 中西 もも
構成・文/ハイキックス

[東京大学農学部リレーインタビュー]
東京大学 One Earth Guardians育成プログラムでは、東京大学大学院農学生命科学研究科の教員たちに順次インタビューをしています。研究の内容だけでなく、取り組むきっかけ、そして研究を通して見つめたいこと、問いかけたいことまでざっくばらんに語っていただいています。時には、農学生命科学研究科の外にも飛び出してお話を伺っています。
お話を聞かせていただいた先生に、次の走者=インタビューを受ける方を紹介いただく「リレー形式」でタスキをつないでいきます。
個性豊かな研究者たちの人となりも垣間見ていただければ幸いです。

東京大学農学部リレーインタビュー(タスキ)_210630 紺_水色【使用版】

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