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フィールド測定を軸とした造林研究で、持続可能な地球環境の最適解を探求 /丹下 健 教授 [農学部リレーインタビュー vol. 1]

農学部リレーインタビュー、第一走者はOne Earth Guardians育成機構長で農学生命科学研究科長・農学部長(2018年度当時)の丹下健 先生です。研究分野は造林学。書いて字の通り、林を造る学問です。造林について語る丹下先生は、いつもの研究科長としての顔とはまた違う表情を見せてくださいました。

プロフィール   |   丹下 健
東京大学大学院農学生命科学研究科 森林科学専攻
森林生命環境科学講座 造林学研究室 教授。博士(農学)。
専門分野は森林科学。研究テーマは「樹木の成長に関する生態生理学的研究」。
森林立地学会会長、日本森林学会理事などを歴任し、2021年6月現在 日本森林学会会長。東京大学野球部部長、東京六大学野球連盟理事なども歴任、2021年6月現在 東京大学運動会理事長。

フィールドでの測定から森林での現象の解明へ

私の研究のスタート地点は千葉の附属演習林です。そこは100年を越える杉林で、同じ樹種であっても樹高が15 mから45 mまでと3倍近くの差が出ます。その原因を探るため、土壌条件との関係性を研究してきました。また、企業と一緒にインドネシアで在来樹種を植栽する森林再生、熱帯林再生プロジェクトにも10年ほどかかわっていました。

造林学ではフィールドでの測定が必須で、実験室の中で環境を整えたり、モデル植物を扱ったりする研究に比べると実証が難しい分野です。たとえば一時期、ドイツの森林衰退は酸性雨が原因だと言われ、日本でも関東平野の杉林の先端枯れや枯死の原因となっていることが疑われました。しかしフィールドでの研究結果から、土壌の酸性化よりもむしろ木が水を吸い上げる力を左右する水ストレスが、先端枯れと相関していることがわかりました。とはいえ相手が数十メートルの木ですから、そこから先、原因を究明するのはなかなか難しいところです。

地上30mでの測定や山ごもり、体力勝負の側面も

フィールド調査を行う実際の山の中では、水をまったく与えなかったり、急に乾燥させたりといった実験的な条件を作り出すことはできません。思うような結果が出ないことも多々あります。モデル植物などを扱っている人に比べると、まどろっこしい研究をずっとしているところがありますね。

山では、高さ30 mくらいの木のてっぺんまで登って光合成量を測定することもあるため、高所作業車の運転資格を取りました。森林の中で木が生きている状態のまま光合成速度や蒸散速度を測るためには必要な作業です。時には2~3人で高い山に登って、1週間風呂にも入らずに泊まり込みで測定活動を続けることもあります。造林学に携わる人間にとって、体力づくりも重要なポイントと言えるでしょう。

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技術研究と社会科学の両輪で造林を考える

造林技術の進歩によって、樹種にこだわらなければ、ある程度どんな環境であっても植えた木は育ちます。ただ、開発途上国の熱帯林で造林を進める場合、ことはそう単純ではありません。二酸化炭素の排出削減という価値が期待されるとしても、地元住民にとっての経済的な価値がなければ、森林として維持することの理解を得られなかったり、育成途中で伐採されてしまったりするのです。

自然科学的には木を植えれば済む話であっても、それだけではうまくいかない。社会科学も必要なのです。地元住民との信頼関係はもちろん、森林があることで地元住民が潤うような社会的な仕組みや、森林として育てるというコンセンサスが必要です。

REDD+といって森林の減少や劣化を抑制して二酸化炭素の排出量を減らすための国際的な取り組みが進められています。簡単に言うと、森林を開発せず残してくれた開発途上国に先進国が経済的支援をするという仕組みですが、地元住民の経済活動を制限する側面もあります。持続可能性を念頭において、長い目で見て進めていく必要があるのです。

100年後の地球と明日の生活、そのギャップから学んでほしい

環境への負荷軽減や化石資源の消費抑制は100年後の地球のために必要ですが、一方で今を生きていかなければならない人もいます。明日の飯をどうするかという人に対して、100年後の地球を考えろという理屈は通用しません。収入は必要だし、食料をつくらないといけない。その方向性と、100年後の地球のためという方向性の間には、実際にはギャップがあるわけです。

学生の皆さんには、さまざまな経験を積んでそのギャップに気づいてもらい、研究成果や新しい知見を社会の現場で役立てるためには、どういうステップがいるのかや、どういう人と関わらないといけないのかということを学んでほしいと思います。

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▲ 第一走者としてタスキにサインをする丹下先生

〜 インタビュー後記 〜
30 mの木が水を吸い上げるために必要な力は最低3〜4気圧。1、2 mほどにしかならない草本植物とはまったく異なる世界で、大きいことが樹木の生理を扱う上での特徴なのだそうです。「でっかい木を測りたいんだ」と、目をキラリとさせながら語ってくださいました。


(インタビュー実施日 2018.04.06)
インタビュー・編集/東京大学大学院農学生命科学研究科 One Earth Guardians育成機構 深尾 友美, 中西 もも
構成・文/ハイキックス

[東京大学農学部リレーインタビュー]
東京大学 One Earth Guardians育成プログラムでは、東京大学大学院農学生命科学研究科の教員たちに順次インタビューをしています。研究の内容だけでなく、取り組むきっかけ、そして研究を通して見つめたいこと、問いかけたいことまでざっくばらんに語っていただいています。時には、農学生命科学研究科の外にも飛び出してお話を伺っています。
お話を聞かせていただいた先生に、次の走者=インタビューを受ける方を紹介いただく「リレー形式」でタスキをつないでいきます。
個性豊かな研究者たちの人となりも垣間見ていただければ幸いです。

東京大学農学部リレーインタビュー(タスキ)_210630 紺_水色【使用版】

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