踊る女

ミーティングルームに入るなり上司がニヤリと笑いながら「お疲れ様」と声をかけてくれた。「いやー、緊張しましたよ!今日のエネルギー全部出し切りました(笑)」「やっぱり?(笑)」と笑い合った後、「で、どうだった?」と真剣な顔で聞いてきた。

「社長が課題として感じている部分は2点ありました。一つが魚の釣り方しか教えることのできないマネージャー達の問題、そしてもう一つがそれを理由に言い訳して自律できないメンバー達の問題です。双方に課題があると感じておられました。そしてご自身を含むトップマネジメントの責任にも言及されておられました。ここ数年、オペレーショナルな仕事しかできていないことを把握していたものの、業績が良いことを理由にそこにタッチできていなかった、と。本来私たちが目指しているところにリーチすることができれば、景気が不透明な中でも競争優位性を発揮し数字を伸ばしていけると社長はお考えです。」

上司はひとしきり黙って私の報告を神妙な顔をして聞いていた。「じゃあ僕らが日頃感じているのと社長は同じなんだね」

その確認めいた言葉に社長との間に役員しかいないハズの上司でも社長の考えを聞く機会はないのかな、と疑問に思ったが、「はい、Sさん(上司)が日頃感じておられることと同じだと感じました」と答えた。

「で、とある提案をしたんです」と上司に切り出した。本来私が所属する部署のミッションは組織改革ではない。私の部署のミッションはグローバルビジネスに関するコンサルティングを日系企業に対して実践していくBD的な役割だ。ただ、それぞれの部署を横断して関わっていくクロスファンクショナルな部署であるため、業務を遂行していく過程でライフコンパスという成長哲学に基づいたコーチングを実施していけると私は考えた。そして社長に提案し、Agreeを取ったのだ。上司を上手く巻き込まねば、そして今後上手く使わねば。私は必死だった。

「私はこの会社が大好きなんです。好きな仕事をさせて貰えているのはこの会社で育てて貰えたからです。今の立場で今の課題に対して私ができることは何でもやってみたい、そう強く願っています。一見我々の仕事ではないように映るかも知れませんが、これはビジネスの本質的な部分です。中長期的に、必ず我々にとってもハッピーな結果になります。やらせて貰えませんか?」

更に神妙な顔をしながら私の言葉を聞いていた上司が口を開いた。

「これはぜひ我々の部署の仕事としてやって欲しい。こういった本質的な部分にアプローチができるのは資格を持ってるきみにしかできないと思うし、今の当社にとって本当に必要なことだと思う。全面的に応援するよ!外部講習受講が必要だったり、業務時間を使ってそのためのインプットが必要だったら、業務時間使って行ってもらって構わないから。その代わり、必ず結果を出すように」

やった!これで最初の関門はクリアできた。本当に嬉しかった。仕事でここまでの高揚感を覚えたことはなかった。トップセールスで表彰された時でさえ、ここまでの感動はなかった。ただ自分の役割を果たせたこと、クライアントに価値を提供できたことに一瞬ホッとしただけだった。今回は違う。自分の持っている力で大きな組織を変えていけるアクションが出来る、大規模なプロジェクトを自分が提案して進めていけるというダイナミックさに興奮し、鳥肌が立っていた。

同時に冷静でもあった。やるからには、結果を出さないといけない。だって、ビジネスなのだから。仕事は結果を出して当たり前。どう進めていくかすら決まっていないし、他部署で協力してくれる人が見つかるかどうかもわからない。数字を追うことに必死なカルチャーだから、「は?何その意識高い系的な。それって数字になるの?」と言われても当然だろう。それでも私に不安は一切なかった。成果を出しているイメージしか見えなかった。絶対に結果を出してやるんだ、と燃えていた。そんな私は、

「2年で結果が出なければ、辞めます」

そう上司にコミットしたのだった。


月曜日。私がみているチームとのミーティングを終えて戻ると、上司が「ちょっと来て」とデスクに呼んだ。行くと、ある動画を見せてくれた。

「ムーブメントを起こす時、最初にアクションを起こす人はバカっぽく見えるよね。”あいつ何してんの?”って。でもそれに誰かがフォロワーとしてついてくると、二人目三人目・・とフォロワーが増えて、そして一気にムーブメントになる。僕はこれがリーダーシップの本質だと思う。最初の一歩を勇気をもって踏み出した”踊る男”が世界を変えていくんだよね」

私は「踊る女」になるんだ。バカでもアホでも何でも良い。私のアクションでポジティブに変わる人が一人でもいれば良い。期限は2年。さあ、どっからどう始めようか。私以上にノリノリの上司に感謝しながら、「ドラフト作ってくるので、改めてご相談させてください」とその日の仕事を終えた。

さあ、始まった。期限は2年。結果が出ないと辞めるって言ってしまった私。マジでやるしかない!



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