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死せるニカに捧ぐる詩

第壹詩 結晶

君と家族のきづなを結んだ十八年前
まだ生まれてもない私のことをば
たゞたゞ暖かくむかへてくれた

私のこゝろに奈落の花が咲いてゐる時
君は氣遣きづかひの眼差しと沈黙の慰めとで
こゝろに安寧の風を齎してくれた

私が何かの渦中にゐてもゐなくとも
君は私の側にきては
嬉々たるさまで樣々なことを語つてくれた

君はなつこい性を具へてをり
私がどこかにゆかうとすると
いつも私の歩みと同じ軌蹟を描いてゐた

君が久方の天からあたへられたうつはは大きく
私が暇の囁きからいたづらをしても
容易く憤りの念を抱くことはなかつた

君と私はこゝろの兄弟だ

君が死に向かふ速度と私のそれは異なり
君には早くも老年が訪れてしまう

取り戻した幼き日のこゝろ
老いたあかしのふりゆくいはや

君は昔とはつてしまつたけれど
それでも昔の面翳を垣閒みせては
君の魂の變はらぬことををしへてくれる

君と私はこゝろの兄弟だ

第貳詩 死の息遣ひ

不意に體調たいてうを崩した君
鳴き聲は果敢はかなげなものとなり
瘠せ細つた足は今にも折れさうにみえる

いつよりの力はのこされてゐないのか
一日の大半は床につき
何の由にか瞳のみは私を捉へてゐる

食事をすることは叶はないらしく
食噐に近づきかほりを感受するのみで
一口たりとも口に運ぶことはない

足腰の力は失はれつゝあり
眠りからめたところで
立つのにもらうしてゐる

弱々しく差し出される手
その手を握り締めると
感慨深い時が流れる

君の生命のれいは失せやうとしてゐるのか
叶ふことならば神よ
兄弟に苦しみを與へ給ふことなかれ


第參詩 別れの時空

その力なきいはやを動かす風光をみ
君を腕の内に優しく抱く
こころの指先にれるぬくもりと苦しみ

君は口元を苦しさうに動かしては
その仄かな眼差しはたゞ私のみを捉へる
少しづゝ薄れてゆく生命の靈

遂ぞ生命の靈は去つてしまつたのか
君の瞳からそゝがれる光には
生氣は露ほども宿つてゐない

君の魂の封じられてゐた窟を抱くと
かつての結晶と欠片とが過きる
それは悲哀の旋律を奏する

やうやう死の冷氣が宿つてゆく窟
それは君の生の軌蹟をつたへてをり
おもはず暗涙の調べを紡いでしまう

その調べはこゝろを壓迫あつぱく
君との別れの時空の内で
離別の宴を催す

君の魂が去つて初めて朝を邀へる
君は名殘をしんでゐるのか
已まない雨が降つてゐる

君と過ごした時
それはこころに刻まれ
くすしいことに悲しみばかりではない

ニカよ
私達に數多あまたのことを敎へてくれた
君を柩に収め別れの贐を捧げる
願はくば
世界の囘轉くわいてんの内で再び君と出會であはんことを


2018年3月9日作

一言メモ

予告通り、今回は「死せるニカに捧ぐる詩」を掲載します。内容についての説明はもはや不要かと思いますが、一言だけ述べておくと、これは愛猫ニカを火葬する際に一緒に燃やした作品です。3年以上前の作品ですので、詩の完成度としては余り高くないです。しかし、この作品はニカを失った時の感情をありのままに詠ったものであるため、一切手を加えずに掲載することにします。同じ理由から、歴史的仮名遣いと旧漢字も敢えてそのままにしておきます。完成度も高くなく、また字体が読みづらいことと思いますが、少しでもその当時の私の感情が伝わると幸いです。最後になりますが、「めぐる世界での再会」の一節”ぼくの詩の願い”が意味するところはこの作品に隠されているので、是非一緒に読んでみて下さい。

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