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【読書感想】布団の中で抱える鈍器

3月だって「師走」と大層な漢字を与えられている12月に匹敵するくらい忙しい。異動やら何やら、みんな走り回っていたため、しばらくは年度末という言葉だけでうんざりできる。でも何となく、バタバタしながらも冬に比べて浮き足立っているというか、ぼーっとしている人が多い気がする。春を迎えるとぼーっとする人が多いのだ。たぶんそれは陽気とか花粉とか有象無象のため。ただ、しゃっきりすることが私には特別良いことだとは思えない。花粉が抜けるまでとりあえず逃げの季節です。

いきなり本のことを書くのもあれかと思い、序文にもなれない駄文を書いてしまったが、3月に読んだ本の中で印象的だったものについて下記に記した。ちなみに私が明るくない人間なので、感想も明るくはないです。

桐野夏生『日没』

買ったきっかけは完全に一目惚れ。本屋で日本文学の棚をうろうろ彷徨っていたら、背表紙の帯の「虚構vs正義」と目が合った。装丁は大事よね。そのシンプルさに痺れてしまって、もうここで買うことは8割がた決まっていたが、そろそろとあらすじを拝見。ざっくりとこんな感じ。

主人公である作家の「マッツ夢井」の元に、ある日、「文化文芸倫理向上委員会」という国家組織から一通の召喚状が届く。訳がわからないながらも、国家組織には逆らえんと彼女は仕方なく出頭し、療養所へ収容され軟禁生活が始まる。そこで、読者からマッツ夢井の作品には問題があると通報があったため、作品を矯正し、社会に適応した「正しい小説」を書けと所長から命令を受ける。

ものすごくざっくりだけど、あんまりストーリーを長々と書くのも野暮なので。

私はこの小説を読んでいる間、ずっと怖かった。これはディストピア小説というか最早リアリズム小説にかなり近いのでは?というのはもちろん(こんなご時世である、もはやディストピアを読むときの当たり前の感想になってきた)、私もその息苦しい社会を作ることに加担している1人ではないか?ということが。マッツ夢井を通報した、「作品=作者の思想が反映されたもの」という考えを持っている読者と私は本当に地続きに立っていないのだろうか。

作品に快楽殺人者が出てきたって、その作家が殺人を肯定しているなんて勿論思わない。登場人物と作家はイコールではない。それは分かっている。だけど文章を読んで妙に「この作家は」説教くさいと感じで、その作品ではなく作家自体が苦手になったことは?生々しい描写を読んで、この作家はこういう嗜好があるのかと考えたことは?本当に1回もないだろうか。

結局それは私の中で、作品と作家の思想を結びつけて、というか一緒くたにして考えているからなのか。でも作品と作家の思想を結びつけることが完全悪かといったらそれも違うとも思う。作家が意図していることもあるからだ。

マッツ夢井の通報者と自分の思想の違いを考えるとするならば、私は本が好きだしその力が自身に発揮されること信じているけれど、社会的に大きな影響力を持っていると思うほど良くも悪くも盲目的になれない。本は誰かを救うような小さな希望になり得ても、誰でも救う魔法にはなれない。そうは思わない、ある意味とても純に本を信じているマッツ夢井の通報者は、自分とは一線を画しているはず、というのが私の中の今回の落とし所だ。あとそんな謎の行動力は私にはない。元気だなあ。

良い小説と悪い小説とを判断できる人は本当はいなくて、そこにあるのは好みだけなはずなのに、まさかそれを忘れたりしてないよね、と時々作家は読者に銃口を向けていると思う。私は今回それを喰らってしまったけれど、どう向き合うのが正解なのかは未だにわからない。

ただ自分は「読者」という「作家」に与えられる存在であるわけだから、それを超えて作家に求めまうのはおこがましいと思う。極論だけど、与えられた中から何を取り出して受け取って自分の中に蓄積するのかが読書であるから。

なんかだんだんアイドルと推しの関係みたいになってきてない…?推しに求めちゃいけないって言うもんね。私は推し殆どいないならよく分からないけど。

まぁ難しいことは答えを出すことだけではなく考え続けることに意味があると思うので、結論が出なくてもこの辺りで。無難なまとめ。


よしもとばなな『花のベッドでひるねして』

尖った気分のときは、自分に共感してくれそうな強いものを摂取するのが基本的には楽だと思う。それと一緒に怒ったり偶に泣いたりして、自分の中の毒を吐き切る作業が必要になるときがある。

でも尖ってるんだけどそうじゃなくて、本当はもう怒ることにも疲れていて力を抜きたい時、この本にぽんぽんと肩を叩かれてから、ふわっと抱きしめてもらうのも悪くないなと思った。あまりにふわっとしてるから、尖ってる部分とか全然隠せてないけど。まぁそれでいいかって思えてしまうゆるい空気がこの本にはあって好きです。

ただ、この小説に出てくる登場人物みたいな生き方をしたいけど、自分とは何もかもが違いすぎてできないことが分かってしまっているので、ちょっと絶望はする。私は「生きているだけでもうけもの」とも、人生において「悲しい一方なことなんてあるはずがない」とも思えない。どうしようもないくらい理不尽な力でぶん殴られるのが人生という考えが捨てられない。それは悲観的なつもりはなく、嫌だけど仕方のないことだ。どんな出来事も自分次第!には限界がある。

でも長く生きた方や人格が自分より整っている方はそういうことを言う人が多いので、これはまだ自分が辿り着けてないだけなのかもしれない。と、一応希望は捨てないでおく。変わらないことは美徳ではないので。

というわけで、自分と登場人物の乖離がひどすぎて、どん底な気分な時は余計突き落とされるかもしれないので、怒って肩肘張ってるくらいの元気がある時に読むのが私には丁度良いなと思った。本当に人に勧めたくなる本なので、是非読んでみてほしいです。少しおこな時に。


恩田陸/米澤穂信/村山由香など『妖し』(アンソロジー)

敬愛する恩田陸の奇譚小説なんて、もう涎ダラダラに大好き。アンソロジーでも嬉しい。必死に涎を拭いながらページを進めた。

私が普段「そこにあるもの」としか認識していなくて、文言通りにしか受け止められないことを、独自の視点で取り出して書き尽くすことにべらぼうに長けている作家だと思う。風呂敷を思いつきもしなかった方向に広めるので、ひやひやすることもあれど、絶対に最後はきちんと畳む。その独特の視点と話の畳み方の上手さ故、どんなジャンルのどんな世界観でも素敵に読者を振り回し、その結果、巷で言われている「恩田陸ワールド」を作り出すことができているのだと思う。文章単体としてはものすごく特徴的というわけではないかもしれないけれど、作者名を伏せて何人かと同一テーマで書いたって、滲み出る不穏感で、ファンはきっと恩田陸の作品だときっと分かるはず。ちなみに私は勘が鈍いので、3行読んで作家が分かるのは新井素子くらいしかいない。

そんなわけで私は恩田陸に長年骨抜きにされているんだけど、この「曇天の店」も素晴らしかった。今回は「フェーン現象」がテーマな短編だった。いきなり気温が上がってアチチになって困っちゃうやつです。いきなり雑ですみません。私たちの「そういえばそういう現象あったね」を踏み越えて、新しくて恐ろしい可能性をこちらにニコニコと見せて、軽やかに着地してくれた作品だった。なんだか無邪気な毒と共に。

短い話でもきっちり恩田陸の特徴が出てきてとても楽しめたので、素敵な買い物になった。

アンソロジーということで恩田陸以外の他の作品について触れようと思う。タイムスリップについて書かれた、村山由佳の「ANNIVERSARY」が良かった。正直意外だった。この作家は「おいしいコーヒーの淹れ方」シリーズのような恋愛作品が多く、そもそもそんなに恋愛作品を読まない私の好みとは少しずれていると思い込んでいたから、違うジャンルでこうもハマることがあるんだなと思った。

でも考えてみればこの作家の作品を読んだのは10年も前だし、作風も私もどちらも変わる。10年だって…こわい…中学生の時だしそりゃ変わるね…。

少し読んでそこまで好みではなかったからといって、何年も読まないなんて、実はとてももったいないことをしてしまっているんだなと痛感した。そして今更でもそれに気が付くことができてよかった。きっかけをくれる1冊になった。

おわり

私は普段創作物を人に見せることは滅多にない人生を送ってきたので、本の感想(それも宿題の読書感想文など人にウケることを目的とした文章じゃなく、単に自分が思ったことだけを書いたもの)を見せびらかすなんてかなり恥ずかしいことではあるけど、このちまちました文章をしまいっぱなしなのも勿体無い気持ちも確かにあるので、公開することにした。羞恥心に耐えられなくなったら消すので、消えたことに気がついてしまったら、生温かい目で見て欲しい。

順調にいけたら4月に読んだ本の中から印象的なものをまたまとめます。予定は未定。まだ買えてないけど鉄道ミステリも一冊なにか読みたいと思っている。日本独特のロマンがあって好きなんです、鉄道ミステリは。遅延ばっかじゃ成り立たないからね。定刻運行、美しいよね。

気が向いたらまた是非読んでください。ありがとうございました。

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