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音楽よもやま話-第9回 Mr.Children-友とコーヒーと嘘と胃袋

プロローグ—ねぇ、くるみ

あぁ、曇り。灰色のカーテンが街には降りている。
街頭ビジョンに流れるCMは、企業の宣伝を15秒の間にきっちり終えてしまうと、すぐ次のCMへバトンを渡した。そんな液晶画面から零れる赤や黄色や緑の光が、くすんだキャンバス地みたいなあまり綺麗とは言い難い曇天に抽象的な模様を作っていた。
CMが明けると、ニュースキャスターが人類を代弁して喋りはじめる。
「…厚生労働省によりますと…感染症…新たに…中国の…では…一方アメリカに対して…」
なんだかミスチルのライブビジョンを見ているみたいだな、と思いながらコーヒーを飲んだ。ソーサラーには注意していたはずなのに、そこにはいくらかコーヒーが零れている。どうしてこんなマズい飲み物を飲まなくちゃならないんだろう?
朝の占いでラッキーアイテムがコーヒーと言っていたから、というのもある。

この街の景色は、君の目にどう映るの?

来る未来に、どう答える?


喫茶店を出て、地下鉄に乗るために地下へ。手すりも持たず、ポケットに手を突っ込んで階段を降りた。ポケットの中には、昨夜の焼き肉屋でもらったミント味のキャンディーがある。

繋がらない電話


2009年。
ライブチケットの電話予約に失敗して途方に暮れていると、電話があった。
水槽を泳ぐメダカを見ながら、受話器を耳に当てる。寒い風が吹き始めた季節に、受話器は大理石のように冷たく、重い。肘を支える。
「どうだった?」
友人の声はどこか洞窟の奥の方から聞こえてくる、出来たばかりの傷を庇う獣のうめき声のようだった。
「だめだぜ。永遠につながらないみたい。そっちは?」
電話の向こうで首を振る雰囲気があった
「サーバー落ちた。チケット争奪ネット部隊は全滅でありまーす」乾いた笑い。
「はぁ」
ため息は白いモヤモヤとなって、決まった形をとるでもなく空間に吸い込まれていった。メダカは空気を求めて時折浮上した。その空気にはいくらか、僕のため息も混じっていたことだろう。

言わせてみてぇもんだ

2009年、ゼロ年代の末期にいて、僕らはMr.Childrenが大好きだった。
『HOME』と『SUPER MARKET FANTASY』の二つのアルバムを大事に抱えて毎日を送っていた。それは分かり合えない誰かへ突きつけるアンチテーゼであり、傷つきやすい自分たちを肯定するためのお守りだった。ミスチルが奏でる音楽に夢や希望を貰い、彼らのラブソングは思い通りに行かない恋愛事を知るための道しるべそのものだった。

とはいえ、自信なんてものは生まれた瞬間からつまはじきにされたものだった。見栄っ張りに見られてもいいから『言わせてみてぇもんだ』と努力して出した杭も、理不尽な誰かに打たれて、そこに残ったのはいつも悔いでしかなった。
だからどうしても、僕らは桜井和寿に会わなければならなかった。JENと皇帝とナカケーに囲まれながら歌う桜井和寿に会いたかった。会って、それでいいんだと教えてほしかった。

ところがどっこい、九州の田舎の、それほど裕福でもない一介の高校生はその希望をついぞ叶えることが出来なかった。現実はとかく厳しいもんだねぇ。


仕方がないから僕らはよく、それぞれの家の中間地点を流れる大きな川の堤防を歩いたものだった。横を歩いて、ささやかに互いの現状を認めあうことしかできなかった。堤防の歩道を照らす電灯も10時には消えると、街はすっかり眠りについてしまったようで、夜空には金色や銀色や紫色なんかの星々が瞬いていた。天の川が、地上の川と同じ方向へ流れている。ただ、目をこらしても箒星は流れない。公園の自販機が誰かの足元を照らさんと暗闇の中で光り輝いて、激しく自己主張していた。

川は、夜の闇に身をひそめるように静かにその巨体を動かしていた。僕らが堤防から降り、河川敷を渡って自分のところへむざむざとやってくるのを待っている。うまく飲み込めやしないかと、好機を狙っている。
「川、近くに見に行く?」
友人は首を振る。ここでいいさ、と。
「そうか」と僕は答えた。

夜の川は恐ろしいもの。今思うけど、あのとき近くに行って見なくて良かった。飲み込まれてたろう。ぱっくんと。その存在性自体が危うかったのだ、あの頃は、何もかも。
ただ、「世の中難しいもんだなぁ」と堤防沿いをため息色に染めた。そういう感じのテン年代だった。その10年間の中で、自分本位の価値観を高め、時に傲慢に人を見下しもし、そしてまた浅からず傷ついたりもした。

どうしたらいいんだろう?

Your song


2019年1月29日の当落発表。「厳正なる抽選の結果当選いたしました」の文面。
僕らはスマホの画面を介して喜んだ。
そして友人は言うんだ。
「青春はまだ続いている」と。


5月。2019年。あれから10年。平成が終わった。そして、テン年代も終わってしまう。
最後の最後に、ようやく僕らはミスチルに会うことができた。
ナゴヤドーム。灼熱の五月晴れ。公衆トイレで「against all gravity」とデザインされたシャツに着替え、ツアートラックで記念撮影をするなどした。
座席はスタンド。
開演。JENのカウント。そして始まる『Your Song』
手を伸ばせば、身長3センチのミニチュア桜井さんを手に取れるくらいの距離に、ミスチルはいた。

ふとした瞬間に同じこと考えてたりして
また時には同じ歌を口ずさんでたりして
そんな偶然が今日の僕には何よりも大きな意味を持ってる
そう君じゃなきゃ
君じゃなきゃ

そうか…。こうやって、友人と念願のミスチルと3人でいる、そんな偶然のことを想った。

「HANABI」「Sign」」「旅立ちの唄」「名もなき詩」「Tomorrow never knows」「Worlds end」「innocent world」…
この10年間の答え合わせをするみたいに大好きな曲たちを聞くことが出来た。
そうだよな…、そうなんだよな、と何度も頷いた。
不思議なくらいミスチルはその時々に欲しい答えを、欲しいときにくれる。
人生のテーマソングなのだ。

あの頃、午後の授業をサボって、海に向かってチャリで爆走したような青臭い衝動がまだ必要なんだぞと、そう気づかせてくれるようなライブだった。
その海では、あの夜、僕らを狙っていた川もやがてはあきらめたように口を広げていることだろう。僕らが自分の身代わりに放り込んだ、諦めや怠惰や憤り、あるいは希望や勤勉さや喜びなんかも、その全てぜんぶを海へ向かって吐き出してくれているんじゃないかな。貪欲な胃袋を持った川だった。

「人間だれしもなんらかに反抗して生きるもの—Against all gravity」


誰かが敷いたレールに、誰かに張り付けられたレッテルに、自分自身が歪んでつくったイメージに、過去の栄光に、来る未来に。
ささやかに抗ってこうじゃないの。そう思った。

エピローグ―Any


地下から浮上して深呼吸。交差点で信号が変わるのを待つ。
東京の街には、排気ガスや誰かのため息やなんやかんやが混じっていることだろうが仕方ない。
夢を持つことや、それを叶えるために少しずつだけど努力してきた。その過程でかき集めた、ありったけの諦念を地下に放り込んで、その空間をなんとか埋めようしてきたけれど。結局その埋め尽くされた諦念の川に何度か溺れもしたけれど。


固定電話の横の水槽で泳ぐメダカのように、時折こうやって浮上しては深呼吸。口の中にはまだコーヒーの苦みが残っている。この苦みと相性の良い香りってなんだろう。それがなにかラッキーなものとの巡り合わせを示唆してくれるものなのかなぁ。

信じることの出来そうな位のかわいい嘘は
なるべく信じてみることにしたんだから


というわけで、信号を待つ間、なんの気なしに空を見てみたんだ。
いつの間にか、曇っていた空は気が晴れたみたいに解消されていて、そこには水色の空が寝転がっている。そして空のある場所で寝返りをうったみたいに、一本なだらかな境界線が敷かれていた。その境界線から向こう側の街はオレンジ色の光に包まれている。時刻は夕暮れに挿し変わろうとしている。


風が吹いていて、それは寒さのあまりピンク色に染まった僕の頬をなでる。僕はマスクを外して、痛んだ耳をほぐした。それから、ポケットの中から焼き肉屋のキャンディーを取り出す。
ポケットの中のミント味のキャンディーを舐めると、それはやけに涼しい味がした。

で、またなんとなく信号機の向こう側の空を眺めたんだ。
—なんだ、綺麗じゃん。

おまけ—プレイリスト

ロックンロールは生きている
羊、吠える
NOT FOUND
ひびき
Another Story
CANDY
エソラ
Drawing
花-Mémento-Mori-
友とコーヒーと嘘と胃袋
優しい歌
僕らの音
皮膚呼吸

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