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ひそひそ昔話 -その9 ちょっと川でも見てくるよ、というその無責任な渇望-

その日

先生は神妙な面持ちで教室に入ってきて、午後の授業が取りやめになったことと明日の模試が中止になったことを告げた。世の中の状況を鑑みるに仕方ないことだよな、という空気が教室には満ちていた。いつもよりも枚数の多い課題プリントの束を整える。ホームルームの後のガヤガヤした雰囲気の教室の中に、あの子が朝からいなかったことに気づいた。そういえば風邪で休みだったんだっけ。メールしておこう。

件名:明日の模試
本文:なんか明日の模試なくなったんだって。なんか午後の授業もなくなっちゃったしさ。ちょっと俺、川見てくるよ。なんかすごそう

チャリを走らせ、家に帰りつくとすぐに制服を脱ぎ捨てる。洗濯カゴに入れておかないと母親に怒られるだろう。長袖に手を通しながら、まぁいいやと思った。玄関で靴を履いてる時にケータイが鳴った。どんなふうに興味あり気な返信が来ているのだろうか。

件名:Re:明日の模試
本文:そうなんだ! ありがとう

それだけかよ。そう落胆しながらも、好奇心は既に川に収束していた。まぁいいや。俺は今から自然の超常現象を目撃しにいくんだ。川が下から上へ流れてくんだぜ? ヤバいだろ、などという悪魔的な好奇心だった。
堤防を歩きながら川を眺めた。1センチでも2センチでも川の水面が浮き上がって、川下から川上の方へ流れているのを確認できればいい。その水面の下を蠢く未知なるなにかをこの目で確認したいのだ。
でも、どれだけ目を細めようが、こすろうが川は逆流していかなかった。
本日二度目の落胆。

「そういうの危ないから辞めなさいって言われてたでしょう!」と晩御飯の時、母は怒った。うっかり川を見に行ったことを話してしまった。危ないことをしている自覚は少しはあったけれど、俺は1つの常識が引っくり返る様を見たかったのだ。常識が一つでも引っくり返れば、退屈な世界の端っこくらいは裏っ返しになるかもしれないじゃないか。親父は仕事で、上のきょうだいは既に家を出ている。弟はさっきからリモコンを持ってチャンネルを回している。

つけっぱなしのテレビはブルーのL字に占められている。XY軸で言えば第一象限の囲いの中で、ニュースアナウンサーがまるでレーシングスポーツや競馬の実況でもするみたいに、まちを蹂躙していくその分厚い水の壁をリポートしていた。
チャンネルを変える。防災服を着た首相が、悲痛な面持ちで会見をしている。
チャンネルをまた変える。公共広告機構のCMしか流れない。嫌に頭にこびりついてくるメロディで、いかにも無害ですよというような雰囲気で繰り返し流れた。
社会はいつだって、僕の外側から世界というものを定義づけてくる。僕の預かり知らないところで世界は何か深い淀みに沈み込んでいっているみたいだ。そしてある時、ふいにタガが外れたみたいに激しく、それも暴力的に現実を揺らす。


そして僕は逃げる。
夜飯を食べ終えると、味噌汁や茶わんや、食べ散らかされた焼き魚の皿を食卓に置いたままで僕は二階の自室にいった。そして課題や勉強をするわけでもなく、二つ折りケータイを開けたり閉めたりしていた。

2月の模試で全国上位の成績を取り、全校朝会で表彰された。ほとんど自尊心もない人間が、努力もしないで納めた成績を、大勢の前で表彰されれば天狗にもなる。マグレを才能と勘違いする。そして磨かれるべき才能は磨かれず、汚い埃だけが溜まっていく。

先週、卒業式があって先輩たちが卒業した。
僕は、当時先輩という生き物があまり得意ではなかった。目の上のたん瘤が取れて、これでより部活で好き勝手に遊べるし、我が物顔で校内を闊歩できる。そう思っていた。

そして、鳴らないケータイを握りしめながらいつ、どのようなタイミングで気持ちを告げればいいのかと、そればかり考えていた。

自分のことしか考えていなかった

その日、僕は自分のことしか考えていなかった。放っておけば世界がおもしろおかしく都合よく変わってくれるものと、そう思っていた。
社会が発信する悲痛なシグナルをシャットダウンして、自分が自分だけの世界でどう明日を迎えるのだろうか、ということしか考えていなかった。あの時、憂いていたのは、向こう2週間はニュースに占められるだろう新聞のテレビ欄と課題の束のことだけ。

あの時期、生きていくのも困難な状況下で、社会は執拗に叫び続けていた。いまこそ「絆」が必要です、と。その「絆」という輪の中に入ることが出来た人々と、どうしてもその輪の中から零れ落ちる「絆の外側」の人々と、それからその様子をただただ眺めているだけの傍観者たる我々の奇妙な三つ巴の集合体が、混乱と混沌を伴って世界を定義づけていた。

おそらく、世界と自分とをうまく関わらせることの出来ない人間は、責任ある大人に保護された状況から解き放たれた瞬間に、つぶれてしまう。安寧な海の底から突如として浜に打ち上げられた巨大な深海の魚が、自重を支えることも出来ず、息を絶えさせてしまうみたいに。自分を新しい世界に属するものとしてアップデートさせることも、変化していく世界にその身を適応させることも出来ずに。

どうなったか

それで、僕はどうなったか。
故郷を離れ、だいたいの部分で1人で生きていくことになった僕は、社会が頻繁にめまぐるしく更新・定義していく世界に追いつけず、膝を抱え泣いたこともあった。天井の火災報知器を眺め、渦をつくる排水溝をただただ眺めるだけの時間が刻々と過ぎた。


僕には、想像力がない。まったくなかったのだ。あの時期、教室の隅で応援メッセージ集や千羽鶴を作っている同級生たちを不思議な目で見ていた、そんな自分の姿を思い出していた。


そういう想像力のない人間は、実際に自らの世界が大きく揺れなければ、悲痛を味わなければ、苦虫を噛まなければ、すりむいた傷から赤い血が流れるということをちゃんと目で確かめなければ、世界と関わろうともしないし、世界がどのような形になっているかも想像できない。そこで生きていかなくてはならないというのに。


ゆるっと、ダラダラと続いていく日常が、火災報知器が鳴らされることで変貌していくことをどこかで待ち望んではいた。自分の部屋から煙があがるのは避けたうえで。


排水溝で回転する渦が右回りから、いつのまにか左回りになるくらいの常識の小さな転換が、やがて世の中をひっくり返してくれないかとばかり期待していた。あまりにも愚かだったと思う。


そのような無責任な渇望は、想像力もなく努力もしない、自分のことしか考えていないような人間にはかなり毒であったように思う。過去の栄光にしがみついて、日々弾力を失っていくだけの人生を送りかねない。


まあ、社会と関わらず世界を傍観するだけの人間のことをすべて必要悪みたいに言うことは出来やしないが。とにかくもう、ある時期の僕はもうダメなんじゃないかとさえ思えた。迫りくる壁を目と鼻の先にしてようやく、これはやばいんじゃないの、と。そんな怠惰さだった。防壁と思っていたものが障壁になっていた。

どうしたらいいんだろう?

ひそひそ昔話は、僕の過去のエピソードを以て自己の人格の片りんを解釈していく、そんなコラムだ。
想像力のない僕は、自分の命や、退屈ではあってもそれなりに大切にしてきた生活が胆振東部地震で暴力的に脅かされてやっと初めて、あの日世界を揺るがした事の重大さを文字通り身を以て知ることとなった。あの日からずっと人々が苦しみ、もがき、強くあろうと生きていたその健気さを身を切って思い知ることとなった。

そして、僕はどうしたか。世界と否が応でも関わっていることに気づいてしまった僕は、その世界を少しでも守ろうと腕を広げて、抱きしめられる分だけ抱きしめることを決めた。具体的にできたことと言えば、被災地ボランティアや、募金くらいのものではあったのだけれども。
自分のことしか考えていないようなら、自分ごとと捉える範疇を広げるしかないではないか。そこには必ず責任や痛みが伴うわけなんだけれども。責任を背負い、痛みを甘んじて引き受けるしかないようだった。
それが社会に求められ実行すべき善意なのだと大きな声で宣言できる自信はないものの。やるしかあるまい。


社会や、それが定義する世界やそれが内包する個人こじんとの関わり方は今のところ、それら彼らの一部でも自分ごととして捉える方法でいいと思う。だが、それには体力がいる。しんどいこともそりゃある。個人が抱えることのできる問題というのは限りがあるからだ。やがては、身も心も持たないということも起きるかもしれない。自己を見失って破滅を迎えてしまうこともあるかもしれない。

それで、今のところの個人的な課題としては、自分ごととして捉えすぎたあまり、境界線の滲んでしまった世界と自分とを、上手く切り分け、適切な関係を築くことだ。


みなさんは、どのようにして向き合っているんだろう?

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