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ひそひそ昔話-その5 さくら「なんとかなるよ、ぜったい大丈夫だよ」大人になった俺「…まじで?」-

あれは確かとても幼い頃、君は母のコンパクトチークをこっそり風呂場に持ちだして呪文を呟いたことがあるね? 「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン」などと。もちろん、そんな呪文を呟いたところで何者にも変身しなかったし、姉に目撃されてその後ずっと弄られたりもしたもんだ。

 だが、あの時の少年よ。その後も凝りもせず、君は、姉の本棚からセーラームーンのコミックを失敬して、ちょっとドキドキしてたりもしていたろう? 中学生のお姉さんが、可憐にクールに変身する様子にきっと頬を赤らめてたろう? マセガキめ。
 さらに言うと、だ。土曜日だか日曜日の夕方に放送してたカードキャプターさくらも欠かさず見ていたよな? 君が最初に恋した女の子ってまさかとは思うが、木之本さんじゃないよなぁ? わからんでもないさ、恥ずべきことじゃあない。だって君はその10年後くらい、浪人生活のノイローゼを紛らわす為に毎日TSUTAYAでDVD借りて寝る前見てたもんな。おいおい、引くなよ。劇場版2つもしっかり見てたことも、俺ぁ知っているのだ。うんうん。CCさくら展も許されるなら行きたかったろう?

あ、魔法少女隊アルスまでチェックしてんのも知ってるぞ。

 予備校の講師が授業そっちのけで、魔法少女まどか☆マギカの話がいかに素晴らしいかを延々と話していたのを覚えているかい? あの、禿げてるのだかロン毛なのだかよく分からない講師が、暁美ほむらの甲斐甲斐しさを特に熱く語っていたよな。おいおい授業しろよな、とも思いつつ、ノートも取らずに笑っていたさ。関係代名詞の用法も「as」の全部の使い方も忘れちまったのに、そういうエピソードだけは妙に頭に残っているもんだね。もちろん、大学1年の冬にまどマギ全部見て、最後には泣いてるのも俺は知っている。

 まぁいい。それでだ、少年よ。だいぶ、恥ずかしい話にもなるが少年よ。君は魔法少女になりたかったのかい? そんな顔するなよ、ふざけて聞いているわけじゃないさ。ん? ウルトラマンや仮面ライダーになりたかったのは知ってるよ。男の子の夢代表選手だもんな、ウルトラマンも仮面ライダーも。ウルトラマンや仮面ライダーが”男の子が女の子の夢へ憧れることを否定する”誰かへの従順な建前じゃなく、それがちゃんと本音で、心からウルトラマンになりたかったってのも分かっているよ。
 だがしかし、かかし、それと同じくらい魔法少女への憧れってちょっとくらいあったろ? 恥ずかしい? またそんなことを言って場を濁しちゃってさ。じゃあ言葉を変えて聞こうか。


 少年よ、君はずっと何者かに対する強い憧れと、何者かへの変身願望があったろう?


 自分が何者にもなれなさそうだ、と折り合いを付け始めるのは一体何歳頃からなのだろう。俺の意志という硬い棒きれはバキボキに折れまくっているし、希望という広大な紙切れはくしゃくしゃに折り目をつけられまくっている。
 でも、そういう折り目の付きまくった大人の俺が鑑みるに、少年よ、そういう、魔法少女への憧れ的航海術やウルトラマンへの変身願望的天体観測術はずっと持っておくべきだよ。背中にファスナーを見つけてしまったり、魔法のステッキがその装飾品も含めて、何もかも、ありとあらゆる全てがプラスチック製だと気づいてしまったとしても、ね。
 憧れが、このろくでもない世の中を泳ぎ切るのを助けてくれそうだし、そういう変身願望がこの暗い世界で希望を見つける手立てとなるやもしれん。根拠なんてないさ。でも面白いのが、根拠ってのは極限までなくなっちまうと、逆説的に説得力みたいなもんを醸しだしてくるんだよ。

 俺がくじけそうになる度、「なんとかなるよ、ぜったい大丈夫だよ」と心の内の魔法少女の声がこだまする。
 だからまぁ、なんだ、すなわち、大丈夫だってことだ。こりゃ、まじだよ。

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