見出し画像

【断片小説】ア・ハーフ(12/24)・デイズ・ナイト ③

--------------------------------------------------------------------------------------

 僕らがまだ10歳だった頃のことを唐突に思い出した。
 その年、彼は10歳の誕生日パーティに僕を招待してくれなかった。
 前の年に初めて友達になり、その年は9歳の誕生日パーティに招待してくれたものだから、また招待してくれるものと思っていた。たとえクラスが変わったとしても、そういう繋がりみたいなものは切れていないと思っていた。
 だが実際には僕は、彼を中心とした囲みの内にも入っていなかった。前の年は気まぐれに僕に興味がもたらされただけのことだったのだ。村で評判の道化師を城に呼びつける王族のように。


「あの年、僕はプレゼントを用意していたんだ。だけど渡すことはなかったし、もちろんバースデイソングを歌うこともなかった。君の家のあの豪華なケーキに再びありつけることもなかった」
「悪かったよ」空になったばかりのグラスに口をつけたまま彼は言った。
「言い訳をすると、他の招待客は君とは友達ではない人間ばかりだった。そのような中では君は肩身が狭いと幼いながらに思ったんだろう。それに、誕生日パーティーはあの年のあと、もう二度と開かれることはなくなったんだよ。二度とね」
 僕は何も言わなかった。

 彼は立ち上がり、冷蔵庫からすっかり冷やされたサッポロビールの缶を二つ手に持って戻ってきた。
「それでも、今日は来てくれたな」
「今回は招待されたからね。いささか乱暴にだけど」僕はなんでもないように早口で喋った。
「君は、いいやつ、だよ」、彼はゆっくり噛み締めるみたいに言った。それからプルタブをゆっくりと開けた。どこかの家の錠前が開かれたみたいな音がした。
「わかってるさ。取り柄がそれだけなんだよ。なんとかそのイメージを守ってきたんだ」


 僕は缶ビールを持ったまま立ち上がり、窓の方まで行って外の様子を眺めた。雪はひたすら降り続け、区画整理された街並みは徐々に白く厚いベールに覆われていった。
 カーテンを閉じ、改めて部屋を見回してみると、中々高級そうな家具を取り揃えていることに気づいた。一介の学生が、学業を疎かにしてバイトに明け暮れる毎日を送れば、あるいはこういう家具の一つくらいは買えるかもしれない。
 そして、彼は大学にも行かず、バイトに明け暮れているわけでもなかった。
 ひとり、この雪の孤城の中で閉じこもっている。

「なあ、今日は泊まっていくだろう? 雪もひどいし」、なんでもないことのように彼が聞いた。
「うん」と僕は短く、正確に発音した。そしてビールに口をつけた。


☃ ☃ ☃ ☃ ☃ ☃
 思い出話やゴシップニュースの類をウィスキーをちびちび飲みながら語り尽くした。過去の出来事はかつて自分に本当に起きていたこととは自信が持てなくなっていた。ゴシップニュースに見境なく傷つけられていく他人のことを思うと複雑な気持ちになった。やがて僕らは時間を持て余すようになった。壁掛け時計も深夜2時近くを指し示していた。短い、特に意味のないセンテンスが我々の間を飛び交い、その隙間を暖房エアコンの音が埋めていた。そのうちエアコンの音しか聞こえなくなった。僕はホットカーペットに横になり、彼はソファーベッドに横になった。僕は寝たくなかった。眠るべきではないとさえ思った。あらゆる感覚が研ぎ澄まされていて、注意深く耳を澄ますと、エアコンの音と呼応するみたいに彼の寝息が聞こえた。

 サンタクロースの正体を目撃しようと夜更しをする幼い子どもみたいだなと思った。目撃したからどうだというのだろう。そう思いながらも、僕はトナカイにソリを引かして吹雪の中を飛び回るサンタクロースを想像した。想像しないわけにはいかなかった。シャンシャンと鈴を鳴らしてサンタが近づいてくる。僕は薄目を開け、寝たふりをする。音はどんどん大きくなっていく。どうして誰もその大きな音で起きないんだと僕は不思議に思う。どういう力を使ったのかは分からないが、サンタはいとも簡単に壁をすり抜ける。幽霊のように。

 サンタは大きな白い袋に手を突っ込み、目当ての包みを取り出すと、僕の枕元にそっと置く。僕は視線を瞼に感じる。瞼の皮膚は人体で最も薄い。かかとの皮膚と交換するべきなのではないかと少し真剣に考える。目を開けると、サンタは既にいない。


「なにがあったかは聞かないんだな」、彼は起きていた。壁に向かって喋っているらしく、その声はいくらか壁に反響してくぐもって聞こえた。僕は相変わらず窓の方を向いて黙っていた。寝たふりをしておいた方がいいこともある。


「まだうまく言えないんだ。なぜこうなったのか、そもそも今どうなっているのか、これからどうなっていくのか完全に理解しているとは言えない。わからないことだらけだ。わからないことはあまり口に出さない方がいいと個人的には思うんだ。口に出すとわかった気になってしまう。そういうのって怖いだろ?」
 僕は口を閉じている。殻を固く閉じた貝のように。ウィスキーの乾いた香りが口の中をぐるぐるまわった。
「これだけは言える。俺たちが望むものは、サンタじゃ用意できない。なんせ俺たちは大人になりつつあるんだ」


 うん、としばらく経ってから声に出してみた。寝言に聞こえてくれればいいと思った。彼が寝てくれていればいいと思った。口に出した深く低い、ウィスキーに枯れた響きはしばらくそのあたりを漂っていた。

 本当に望んでいるものが一体何なのか分からなくなることが、大人になることなのかもしれない。ただその日、どういうわけか社会に傷ついた僕の友人は、僕が傍に居てくれることを本当に望んだ。

-----------------------------------------------------------------------------------



よろしければお願いします!本や音楽や映画、心を動かしてくれるもののために使います。