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新規事業プロジェクトの顛末(ショートショート)

新規事業をやらない企業は緩やかに死ぬ。どんな事業にも寿命があるため、1つの事業が終焉する時に次の事業が育っていなければ、企業そのものが存続できない。だから重要だとは頭では分かっているのに、それを実行に移すことは難しい。

大手メーカーのトアル企業では、新規事業が生まれないことに危機感を持った役員が「ナントカしなさい!」と発破をかけて、新規事業プロジェクトが発足した。とは言え、指示を降ろして出来るほど簡単ではないので、それなりの仕掛けが用意された。

社内ビジコンでチームを選別し、外部からコンサルを呼んで半年のメンタリングを通してビジネスプランをブラッシュアップし、最終プレゼンで勝ち残ったチームはクラファンで世に価値を問うという建て付けだった。

過去にもトアル企業は新規価値創出の取り組みをやってきたけれど、いざ「進めるには予算が必要です」という段階になると、誰もリスクを取って「よし!やりなさい!」という判断ができなかった。成功することを論理的に説明せよと命じられては、PDCAのPを練りに練ることに消耗して立ち消えてきた。

今回は落とし所としてクラファンがあるため、実行に移せるという期待が持たれた。実際、社内公募をかけると数十ものビジネス提案が集まった。

ビジコンを勝ち抜いた4チームが次のステージに駒を進めた。トアル企業は歴史あるメーカーのため、そこまで突拍子もない無形サービスの類は通らない。新しさを持ったプロダクトの提案が揃った。

採択されたテーマは3〜5人ほどのチームを組んで推進する。役員の肝煎り案件だけあって、チームが必要とすれば社内から人材を招集できる権限も与えられた。

とは言え、抜擢された人を選任で送り出せるほど現場に余裕は無いので、メンバーは今までの仕事も回しながら新規事業プロジェクトに参加しなければならない。

コンサルが提供するプログラムは、会社の持つ資源を市場ニーズとマッチングさせるこのに重きを置いていた。一方、トアル企業で採択された新規事業のテーマは、まだ要素技術のような生煮えな段階だった。つまり、採択チームは実現のための技術開発と、市場調査を並列でこなす過酷な状況にあった。

中には実現可能性に難があって降参するチームも現れた。最後までやり遂げたチームを奮い立たせたのは、新しい価値を世に問うための執念だったのだろう。幾度となくインタビューし、幾度となくプレゼン練習をして、最終審査に臨んだ。

勝ち抜いたチームは、晴れてクラファンに商品を出して世に価値を問うことができる。...かに思えたが、まだ苦労は続く。

メーカーでものづくりをするには、設計して金型をつくって生産して審査を通すのに、2〜3年を要する。そこまでくるとクラファンで売れようが売れようが売れまいが、作ったからには売るしかない。クラファンがリスクを下げる恩恵にはあずかれなかったのだ。

組織の問題もある。勝ち抜いたチームに集められた人達は組織を横断するが、どの組織も人材を手放したくはない。結局はリーダーが所属する海外事業の部門で引き取って進めることになった。

すると、縦割りのため「国内のクラファン向けに開発するのはおかしい」と言う話になり、クラファンに出すという大義名分そのものが崩れた。メンバーが苦心した市場機会の探索も白紙に戻された。

新規事業は難しい。茨の道を進み出したトアル企業の新規事業プロジェクトの顛末はまだ誰も知らない。

#フィクション  #ショートショート #新規事業

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