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らしさの武装と嗅覚 12


あのっ、これ、どうしたら良いか悩んでて…

田中さんが私のデスクまでやってきて、白い封筒を差し出した。封筒には「田中明日香様」と彼女の名前が書かれてある。他人様宛の手紙の中身を、なに?なに?って勝手に見るほど私も幼くはない。どうするか?って何を?彼女が私に何を聞きたいのかもさっぱりわからない。それで?と、彼女の顔を見上げてると

えっとぉ、これ。あの、富岡さんからの…

彼女の手で封筒から取り出されたのは、二つ折りになった葉書大のカード。ブーケ風の縁取りの真ん中に金の文字。これって…。私がよほど驚いたように見えたのか、

あの、私そんなに親しくして貰ってたわけでもないのは分かってるんです。それで…どうして良いか分からなくて。加納さんはどうされるかなって思って…。

私の目の前でカードを開いて、行きます?加納さん…。不安げに私を見下ろしてくる田中さん。助けて下さいって心の中で叫んでる?もしかして…。でもこれ、私、今初めて見たんだけど…。

結婚するんだ…富岡さん…

衝撃というかなんというか、今の今まで富岡さんの存在を忘れていた自分と、予想もしなかった展開への驚きとで、手渡されたカードを見ながら、そう口にするのが精いっぱいだった。

見開きの左側に簡単な挨拶文、右側には日時と場所。同じようなものを何度か見たことはある。これは、まぎれもなく結婚式への招待状。カードの縁が刺繡を模した大小の花で、これでもかってぐらいに彩られているのが、ホント富岡さんらしいというか…。

それで、あの…これっ、ユウキさんですか?

彼女が挨拶文の下にある新郎新婦の名を指差した。そこには、真柴雄輝・富岡由香と書かれてある。

違う、違うっ。結城は、下の名前じゃなくて苗字だから。ムスブにお城のシロって書いてユウキ。

そうなんですね。一瞬、ユウキさんのことかと…。

どうしてそう思うのか尋ねてみたい気もするけど、響きが同じってことで連想しただけなんだろう、きっと。でも、そこへ繋げるか?という気持ちが湧かないわけじゃない。富岡さんの交友関係なんて知らないから、当然お相手の名前は私だって初見。だけど、ユウキの方は、苗字でも名前でもOKで、男女関係なく付けられる名前だから、きっと彼女に悪意はない…と思う。いや、思いたい。単に馴染みのある名前だったからというだけ…。

まぁ、よくある名前だしね。ユウキって苗字の方が珍しいのかもね。でも、だとしたら下の名前を社内で堂々と呼び捨てにしてる私は何なんだ?ってことになるじゃん。

同僚を下の名で呼び捨てにする女…私でもだよ。田中さんは、ですよねぇ~と、笑ってる。

幸いその時、結城はデスクには居なかった。もし居たらどんな顔をしてただろ。たぶん、素知らぬふりを通してただけだろうな。ヤツの中では、もうとっくの昔に終わったこと。違うな‥、始まってもいないから終わることも無い…。でも、ただの偶然にしても、出来過ぎじゃないかと思ってしまう。この微妙さ加減。同じじゃないんだけど、狙った?仄めかし?後ろ髪?なんて言うんだこう言うの?未練??? そんな風に思ってしまう私がいけないのかもしれない。富岡さんにとっても過去のことで。そうだよ。だから結婚するんじゃん…。私だって、彼女に言われなきゃ気付かなかったかもしれないし。

行きます?加納さん…。彼女はまだ横に立っていた。あ、田中さんはそれを尋ねに来たんだった。私には来てないよ。と正直に答えた。招待されてもいないものに行けるわけがない、それでこの話を終わりにしようと思った。、すると、彼女は、私のデスクにも同じものがあるのを見たと断言した。だから、相談に来たんだと。

え?それ、デスクに置いてあったの? 言われてみれば、彼女の持って来た封筒には、名前だけで住所は書かれていなかった。

住所分からないからじゃないですか?今、個人情報とか煩いから。

なるほど、そういうことか…ってならないよ、普通。突然デスクの上に招待状って、なんかおかしくない?今はありなの?そんなものなの?

田中さんの話では、私に相談するタイミングを探っているうちに時間が経ってしまったから、たぶん2週間ぐらいは前じゃないかと。

白い封筒?2週間ぐらい前?


・・・・・・・

デスクの上の白い洋封筒がそういえばあったような…。なんだこれ?と、一瞬思ったかもしれない。

取引先からバッグを抱えて帰社した日。それもサンプルや資料でパンパンになったバッグを。駐車場からほんの数分の短い距離だけで右肩が結構痛くなってきてて、少しでも早く肩からバッグを降ろしたかった。だから、デスクの封筒もどうせまたつまらないDMだろうと、深く考えもせずデスクにそのままバッグを降ろしたはず。ドサッと勢いよく。

怠くなった肩をぐるぐる回しているところへ、同じぐらいの荷物を抱えた結城も戻って来た。こんな事はあんまりない。サンプルや資料なんて、いつもなら何処かを経由して少しずつ届く。あぁ!良いところに来た!とか喜んで全部渡してくんじゃねえよ!今日に限って何なんだ!と、2人でボヤきながら帰ってきたあの日。

とりあえず、片付けが先か…これに入るだろ。結城が何処かから調達してきたダンボールに、いつか宝物になるかもしれない(でも、ならない確率の方がうんと高い)たくさんの紙類を、1時間ほどかけて整理した。

私は、荷物を片付け終わった達成感と疲労で、バッグの下敷きにした封筒のことなんて綺麗さっぱり忘れていた。あと、結城のデスクにも同じ封筒があったような気も…


・・・・・・・

忘れたままにしておきたかったな…。封筒がデスクにあったことは、なんとなく思い出した。でも、今それはどこにあるのか。どこへ行ったのか。デスクの何処かか、あの日持ち帰った資料を仕舞った段ボールの中か、それとも……。

どうします?加納さんと一緒なら、私も行けるかもって…。田中さんがぐぐぅっと顔を覗き込んでくる。返事を強要するんじゃないよ。一緒なら行けるという田中さんの発想も凄いと思うが、私を当てにするのはやめてほしい。

行くのなら、声掛けるから…

今の私には、それが精一杯。というか、まず行方不明のあの封筒を探すのか?私は。探すってことは行く気があるってことだよな…。行方不明のまま、知らないままが良かったな…。悪いけど、富岡さんの結婚式や披露宴で、満面の笑みで拍手してる自分の姿か想像出来なかったし、そう出来る自信もない。無理だって…。


・・・・・・・

やっぱり、あの時辞めるべきだった。ピースひとつ欠けたところで、私の中に残っているわだかまりのようなものは、溶けてなくなるわけじゃない。何かの拍子にひょこっと顔を出して、痛くもないはずの胸を突いてくる。おい、本当にお前は何も悪くないのか?って…。私は何も悪くないよ。何かを仕掛けたわけでも、嵌めたわけでもない。知らない間に周りで勝手に渦が巻いてたんだから、こっちは巻き込まれただけなんだよ!って心の中で叫んでみる。あの頃、富岡さんがどう思っていたかなんて、私には分からないけど、もとから距離の詰め方がよくわからない人だったし。コロン事件の後、関わり合いになりたくないと思ったのも事実だ。そう、関わりたくなかった……。


・・・・・・・

結局、私は封筒を探さず、ということは当然返信も出さず、富岡さんの結婚式をシカトし、自分の中で無かったことにした。田中さんは、欠席で出したらしい。1人では行けないからと言って…






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