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とある部屋

壁際に寄せて置かれた木製のキャビネットの棚は、空っぽ。本来なら、上部にはテレビが乗るのだろうけど、それもない。引っ越してきたばかりだとしたら、他の部屋に段ボール箱が積み重なっていて、ボクは今日、片付け要員としてここに招かれたのかもしれない。


「適当に座って」
振り返ると、真後ろにカップ片手のユキが立っていた。慌ててその場に腰を下ろしかけたボクの視線を捉え、彼女は一度ゆっくり瞬きをする。そして、視線を右へと流した。つられるように動いたボクの視界に、柔らかそうなクッションが映りこむ。小ぶりのクッションがひとつ、キャビネットに寄り添うように立て掛けられていた。

使えってことか…
「あぁ、ありがと」
右手を伸ばしてクッションの角を掴み、床に置いてからその上に座る。と、それを待っていたかのように、ユキがトンと僕の前にカップを置いた。クッションは適度に反発があって、座り心地はとてもよかった。

「テレビはないんだね」
「うん。まだね。」

失礼にならない程度に、あらためて部屋を見渡してみる。アイボリーの壁と床には統一感があって、目には優しそうだ。しかし、モノがない。家具らしきものは、今ボクの目の前にあるローテーブルと壁際のキャビネット。この2つだけ。あとはクッション。カーテンがまだ掛かっていないところをみると、まだ引っ越してきて間もないのかもしれない。

「引っ越しの片づけを手伝わないといけないのかと思ったよ。」
と、目の前のカップを持ち上げようとして、ようやく彼女の分のカップが無いことに気付いた。そういえば、彼女は一つしかカップを持ってこなかった。
ボクの様子に気付いたのか、
「まだ一つしかなくて」
と言いながら、うっすらとした笑顔を返してきた。ボクは、ちょっと申し訳ない気持ちになりながら
「そうなんだ。」
と返すのが精いっぱいで、居心地の悪さがだけが少し増した。上手くは言えないけど、彼女の笑顔とは裏腹に、ボクはここに居てはいけないような気がした。

これを一口だけ飲んだら帰ろう。そう思った。今日は、懐かしさのあまり誘われるままに上がりこんでしまったけれど、特に用があるわけでもない。そうだ、誘われたんだ。部屋に来ないかって。……だよな?

「して欲しいことはあるんだ」

やはり、人手はいるのか。

「なに?」
ちょっと立ち寄った、そのついでに済ませられる程度のものなら断る理由を取り繕う方が面倒だ。さっさと手伝ってお暇するに限る。そうなるとセットアップのジャケットぐらいは、脱いだ方がいいだろう。
そんなことをぼんやり思いながら、肩からグレーのジャケットを滑り落とそうとした時


妙な音が聞こえた。


このままここで・・・




壁際のキャビネット
ローテーブル
クッション
カップ


少しずつ作り上げた空間で・・・このまま一緒



アイボリーの壁と床、そしてグレーのカーテンと・・・


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