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らしさの武装と嗅覚 6


膝の上に置いた光沢のあるグレーのショップバッグの中には、紺色のリボンが掛けられた箱。

昨日、結城から彩ちゃんたちへのお祝いを一緒にしないかと誘われた。気持ちはあるけど特に案のなかった私は、その誘いにすぐ乗った。そして今日、早速仕事の合間に、ちょっと良さ気なワイングラスと結城が美味しいと言うワインを一本買った。これはお洒落なのか?気が利いてるのか?その辺り私にはよくわからないけど、とりあえずOKとする。

プレゼントって、所詮贈る側の自己満足だと思ってる。「気持ち」なんていう曖昧なものを相手に思い出してもらえるよう「形ある何か」で可視化する、ちょっと卑怯な手だとも思ってる。極端な話「形ある何か」は何だって良い、ただの気持ちの依り代でしかないんだから。とはいっても、嵩張る物や贈る側の趣味趣向に走り過ぎたりして、こっちの自己満のために、お相手に迷惑かけることは絶対に避けたい。…となると、こんな屁理屈をこねている私が、一人でプレゼントなんか決められるわけがない。結城が居てよかった、と久々に思った。

順調にプレゼントも手に入れ、気分も上々で帰社……のはずだった。そうさっきまで。
結城が妙なことを口走るまでは…。


買い物を終えて車に乗り込むとすぐ、ポツポツと雨が降り初めた。プレゼントが濡れなくて良かったぁ〜と、紙袋を眺めて私がホッとしているところに結城が唐突に

富岡さんって、俺のこと好きなのかな?

何言ってんだ?こいつ?!春先のコロン事件のことを忘れたのか?と聞き返してやりたい気持ちをぐっと抑え、たぶんね、とだけ応えた。すると……

俺、キスした。去年の夏ごろ。

朝はパン食。果物があればさらに嬉しい。ぐらいのノリで結城が言う。はぁ? 実際問題、結城が誰とキスしようが、誰と寝ようが、私には全く関係ないし、興味もない。けど…

頼むよぉ~~。

思わず声が出た。結城が?富岡さんに?キスって?好きだからキスしたのか?いや、どう考えても好きじゃないよな?幾ら考えても結城のこのタイミングでの発言が理解出来なかった私は、まさか富岡さんのこと好きなの?と、どちらの方面にも失礼な言葉を発していた。答えは秒で返ってきた。

好きじゃない と。

予測できる答え。私の知っている結城ならそう言うだろうという答え。でも、これはよく考えるまでもなく、物凄く酷い答え。好きでもないのにキスしたの?なんだか切ないというか、気の毒というか、

もしかして、もしかしたら、富岡さんって、結城が自分のことを好きだと勘違いしてんじゃない?

かなぁ…

おいっ!何が、かなぁ…だ。わかっててどうして夏から今までこんな長い間放っておく?どう考えても、きっかけを作ったお前に責任があるんだろうが!と、ムカムカしてきた。

あんたが何処で誰とどんなキスをしようが、私には関係ないけど、早いとこ何とかしてくんない?

なんともならないよ。言ったところで。そういえば、時々電話かかってくるわ。たまにしか出ないけど。

なんだよ、それ。たまになら、余計出るなよ電話なんか!あーこれは、あっちは付き合ってると思ってるパターンだ。のらりくらりと逃げ切る気?と、水を向けてみると、

逃げるも何も、俺はずっと同僚としか見てないから…

同僚としか見てない人にキスすんの?はぁ?なにそれ?

私は色々と思い違いをしていたのかもしれない。去年の夏以降も、月一ぐらいで仕事終わりに一緒だった記憶がある。富岡さんと結城と私の3人で映画も行った、パフェも食べた、あとは……。頭を抱えたくなった。知らなかったとは言え、私は何なんだ?邪魔者どころか、結城の盾代わりにされてるってことだろ?違う?私も加担してたことになるんじゃない?これって。

どんなつもりで、映画とか行ってたの?私と3人で

いや、普通に同僚のつもり。お前はいつも一緒だし、あっち誘ったのはお前じゃん。

富岡さんを誘ったのが私かどうかなんて、そんなこと覚えてないけど、そういう事があったのを知っていたら、私だって声なんて掛けない。やっぱダメだ。こいつ。自分はこいつと恋愛関係になりっこないとわかってたから楽しかったんだけど、まさかこんな形で災難が降りかかって来るとは思わなかった。

目の前で転びそうな人が居たら手を差し出す。それが結城の他人との付き合い方。そこに特別な感情が何もないんだよな、こいつ。そう、横断歩道を渡りあぐねてるお婆さんの荷物を持って手を引いてあげた後に何かあるか?って切り返して来るような奴。ようは、関係が遠いほど優しくなれる…そうだ。結城君は優しいって、社内のお姉様方が目をハートにしてどれだけ言ってるか。そんな話を聞く度に私は笑って誤魔化して、その会話に加わらないようにしてきた。まさか、貴女は赤の他人認定されてるんですよって、言えるわけもない。これって、よく今まで何ごとも無く済んでたって思うべき?
こいつに悪気は無い。無いからこそ、さらっとできちゃう。それが時と場合によっては、相手にとんでもない期待をさせることになる。その良い例が、少し前から私の目の前で繰り広げられていたってこと?いや、今回のはそういうのとは、また違う。これ私が考えることじゃなくないか?だいたい助けたお婆さんにキスなんてしないよ…な?普通。


ふわっとした軽いのだぞ?

懲りもせずにまた言う。軽いとか重いとかそんなの関係ない。そういうことに対する解釈の違い。キス=恋人って考える人は、いるだろう。私だって違うとは言い切れない。たぶんキスされた時点で、自分が相手にとってのモブだとは思わないし、物語の主人公が自分を相手役に選んでくれたと思ってしまうかもしれない。ただ、ほぼ毎日顔を会わせているのに、一年近くも何の進展もないとしたら、信じて待てるものなんだろうか。私ならどうする?どう思う?……有り得ない。自分が特別な人のわけないって、きっと忘れる努力をする。思い詰めてぼろぼろになって、自分で自分を傷つけることになって泣きたくないから。


先に仕掛けたのはまずいくない?責任あるんじゃない?私が言うのも変だけどさ。

長野にも言われたよ。あのひとはまずいって。と、結城が溜息をついた。

勝手に片想いをして、いつも側にいる私がただただ邪魔で、地味な嫌がらせを仕掛けてきてるんだと思ってた。さすがに、例のコロン事件からは、私も少し距離を置いてるけど、富岡さんの方は相変わらず、というか、前にも増して私に近寄って来てる気はしてた。だから余計不気味だった。なに考えてるの?って。私だって結城に対して、彼女をどうにかしてくれって気持ちがなかったわけじゃない。でも、好きになられた側にそれを言うのは、なんか違うと思って我慢してた。幼稚過ぎて面倒だなぁぐらいで、結城にその気がなくて富岡さんの一人相撲なら、そのうち終わると思ってた。でも、最初に仕掛けたのが結城だったのなら、話が少し変わってくるんじゃないか?

私は関わりたくないよ。どうして今頃、わざわざ言う?

私には関係ない。それどころか、とばっちりを食らってる方だ。

あの日も、雨降ってたなぁって、思い出したから…

はぁ?

思い出しただけで、話すようなことか?この話。それぐらいの軽いことだったと、富岡さんがもし知ったら…。いや、彼女の心配をするのは私じゃないし、そんなことどうでもいい。面倒なことに巻き込まれてるよな?いや、知らんぷりを通せばいいのか?私。面倒臭いな…もうっ!!


このあと、帰社までの車内で、膝の上のワイングラスがどうか曇ってませんように…と、ひたすら祈った。入籍のお祝いを、こんな結城と私から貰って彩ちゃんは嬉しいんだろうか……と、情けない気持ちになった。泣きそうだ…。




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