79小品目 母と娘
これはよくある話なのかもしれないけれど、わたしの母親は弟に甘く、姉であるわたしに厳しい。そしてどんなときも、自分大好きで自分の味方だ。そしてそのことを指摘すると考えすぎだ、あなたは神経質だと怒られる。まあ、きっとよくある話だ。
それでしばしば彼女はわたしに的はずれな、結果わたしが傷つくようなことを言ったりやったりしてしまう。たとえば今回は、娘とテレビを観ていたところ、洗濯が終わったので娘を膝から降ろそうとしたら、
たまにはかまってやったら?
と言われた。これだけで分かってもらえると思う。刺してくるのだ。
自分は間違っていない、という人間から傷つけられた場合、そんなことをされたくないのだと伝えるのはたいへんむつかしい。瀧波ユカリ先生は、第三者の介入か距離を置くことしかできないと言っていた。
理解してもらいたいという気持ちがある。同じ人間だから、ましてや家族だから理解し合えるはずだという思い込みもある。それでこころを尽くして話しかけるのだけど、いつもその場では仮に分かり合えたかのようになるものの、また繰り返し言わないでくれとかやらないでくれ、とその時お願いしたようなことを繰り返してしまう。
そのとき最もやってはいけないのが、我慢と気を使うことだと思う。後の恨みにつながる。やはり一番良いのは、いやなことをされたらその場でそんなことをいったりやったりしないでくれと発言することだ。そしてそれだけに留めて、以前の話をほじくり返したり、そもそもの性格に触れたりしないこと。表面に留めておくこと。一番、大切なのは自分を大事にして自分守ること。近寄りすぎは良くない、距離は怪我を防ぐ。
母親に弟や本人にするように優しくしてもらいたかった。褒めてもらいたかった。祝福してもらいたかった。その願望は消えはしないが、これからはもう望みすぎないで、人生の欠けた部分を自分の娘にプレゼントしたらいいのかもしれない。人に自分の欲しかったものを贈ると、自分も嬉しくなる。もともと恵まれすぎるくらいの人生だから、ほころびばかり見てももったいない。
わたしはいいことをたくさんしよう。
いいことをたくさんできる。
いいことをたくさんしてほしい。
自分のために、と今は言い聞かせる。自然にできるようになると、いいな。
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