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心の治療。母との関係

大成堂・王気功の治療をはじめ、好転反応を乗り越え
施術の頻度も週2回〜1回になり
1週間に1回が2週間に1回と、みるみる間隔が開いてきました。

すると今度は、王先生の言葉によって
身体ではなく、自分の内側が変化していきました。

「毎瞬、毎瞬、自分の納得する物・気分・環境・人を選ぶこと。
出来る・出来ないを思い煩うことなく、今、この瞬間を楽しむこと。」


「今、この瞬間を生きる」
よく聞かれる言葉です。

王先生から直接言われても、これを実践する事がなかなか出来ません。

にも書きましたが
私はとにかく、自己否定と無価値観のかたまりで
息を吸うように我慢をし、自分を否定して生きてきたからです。

王先生は言います。

「人と共有してお互いが幸せになる気遣いであれば、
自分の気が減ることはない。」

いざ、そうした場面になると
私の気遣いは時に度が過ぎて、逆に相手にも気を使わせてしまったり
優しさの裏には
人から嫌われたくない。自分が傷つきたくない。という思いや
相手をコントロールしようとする時があった事に気づいて愕然としました。

特に私は、母親に対してこれをしておりました。


私が物心ついた時から、父親に怒鳴られ、罵られ続けていた母を
「弱い存在」と思ってしまったのです。

そんな母にワガママは言えない。と、気を使い
父親の怒鳴り声にビクビクして過ごすうちに
相手の顔色や出方を伺うことが、当たり前になっていきました。

「大腸に炎症が出る人は、言いたいことを溜め込んでいる」

という見解を目にしたことがあります。

父や母のことは、姉と話すことで発散させてきましたし
父は他界し、もう心を脅かされることはなく
過去のことも、年月を経て感情を整理出来ているので
思い当たるフシがないな。と思いつつ
何かないかな?と掘り下げて行った先に、気づきました。

幼い頃、父と母に一番言いたかった言葉

「喧嘩しないで!仲良くしてよ!」


こんな簡単なひとことが言えなかったのです。

そして、母を弱者と思い込んだ私は
母を守ろうと思う様になりました。

しかし、同時に

私には、父への不満を毎日繰り返し聞かせるのに
実際は、怒鳴られっぱなしで何も返さない。

父の怒号に怯え、泣く私を見ても
自分のことでいっぱいいっぱいな母に対して

「なんで何もしてくれないの!」

という怒りもありました。

この怒りがあったことで
「守らなければ」という思いがいつしか
「母親ならこうあるべき」
という押し付けや、コントロールに変わっていったのです。

「自分にチカラがある様に、相手にもチカラがある。
本人が自力で何とかしないといけないことなのに
あなたが手を貸すことで結果的に、
相手の成長を妨げてしまうこともある。
本当に、相手のためを思うのであれば、
本人のチカラでやれるように
愛をもって見守ることの方が大切。」

という言葉も、分かっていても、ふと気づけば

自分でやった方が早いし
相手の役に立ちたいし…という

自分優先の思いで行動している時があり
そうした時は、結局は自分の思い通りにならないばかりか
お互いに不満が残る結果になりました。

こうした気づきは、施術中に起こるのではなく
家に帰って考え、実際行動にして
「やっぱり、こういうことか」と、分かっていきました。

王先生の厳しい言葉に、父の怒鳴り声がフラッシュバックし
萎縮してしまう時もありました。
そんな時
誰に対しても、そうした雰囲気になることを避けられるなら
自分の意見なんて言わなくていいと
逃げる癖がついてしまったことにも気づきました。


育った環境への恨みが言いたいわけではありません。
まして、こうした思考になった自分を責めても、何の意味もありません。

自分との対話は、見たく無い内面ばかりに向き合う作業で
とても辛い時間でした。
もし、治療してくれる人が優しく、耳触りの良い言葉ばかりかけてくれる人だったら
私はきっとその人に甘え、依存していたでしょう。

大きく変わらなければいけないタイミングだったからこそ
厳しくも、自分で考え、乗り越えるように導いてくれる
王気功にたどり着いたのだと思います。

そして
考え、気付いて、行動して、腑に落ちる。
これを繰り返していくなかで
私は、最も超える事の難しい壁に、ぶつかることになりました。


…つづく…


*今回は家族のこと、過去のこと、内面を綴ることに、大きな葛藤がありました。
この事は書かず、王先生の気功ですっかり元気になりました!で、終わらせるつもりでした。
ですが、この気づきを書かずして今の私は無いと思い、投稿させて頂きます。

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