第2話 遠くにいないなら近くにいるんでしょ

私は男に生まれたかった。

なぜかというと、何かにつけて女の子はお淑やかにしていなさいと大人が言うからだ。

私だって休み時間にドッジボールがしたいし、男子たちがたまにする殴り合いの大げんかをしてムカつくやつをコテンパンにしてやりたいと思う。

私の名前は【ゆう】

みんなから【ゆっちゃん】と呼ばれている。

私が生まれる前。性別が多分女の子だとわかっていたけど「まだだ。まだわからないじゃないか」と男の子を期待していたお父さんが、どちらになってもいい名前を用意していた。

私が男だったならという妄想をする時、よく頭の中には【ゆうくん】が現れる。

そうやってどうしようもない自分の中の【もしも〜なら】を片付けている。

男女の違いがそろそろ現れ出す、この小学5年生という多感な時期だからか、

最近うちのクラスで【好きな人】の話がよく話題になる。

同じクラスのショウタくんは昔から「オレは大人になったらミキちゃんと結婚する！ねー、ミキちゃん！」というとそのミキちゃんは「うん！ミキ大人になったらショウタくんと結婚するー！」とみんなに聞こえる大きな会話をしている。

この二人は大人になったら本当に結婚するのかもしれないと子供ながらに思うのと同時に、もしも、ショウタくんのことが好きな女子が他にいたら、ミキちゃんのことを好きな男子がいたら、その子たちにとってなんと悲しい会話が目の前で繰り広げられていることだろうと思う。

【好きな人】

私の好きな人はこの学校にいるのかな。

男性で好きな人は紛れもなくアイドルグループのあの人なのだけれど、多分そういうのではないとは何となくだけどわかっている。

あれは遠いものだから眺めているべきもので、近くで見るのとはまた違っているのだと小学5年生らしからぬ夢のないことを思うのです。

そういった考えを私が持つようになったのは、去年の出来事。

お父さんと行った喫茶店にとても綺麗な水槽があったの。

その水槽の輝き、透き通るガラス、ヒラヒラとヒレを靡かせ優雅に泳ぐ熱帯魚。

私はそれを眺めているだけでここに1日中居られると心の底から思った。

30分もすると私はお父さんに「これはうちに置けないの？」と熱帯魚を飼うことをせびり出していました。

「また始まったよ……まあ色んなことを経験した方がいいからな」

お父さんはそう言って、その日の内に家の近くの熱帯魚を取り扱っているお店に私を連れて行き、店員さんと相談しながら魚を飼うにあたって必要なものを一式揃えた。

初めは淡水魚の方がいいという店員さんとの相談の末にグッピー6匹とネオンテトラ10匹、それに水草、流木、砂利などを次々に買っていく。

私にはわからないが相当なお金を使ったと思う。

私はもっとたくさんの種類の魚を一気に入れたかったのだが、他の水槽に入れるアイテムを欲しがったら「じゃあグッピーやめる？」とお父さんが言ったからきっとこれ以上は無理なんだろうと察した。

家に帰るなりすぐにお父さんと二人で水槽をレイアウトする。

私は初めこそワクワクして取り掛かっていたのだが、いつまでも完成しないその水槽と、ことあるごとに【初めてのアクアリウム 淡水魚編】という本と睨めっこするお父さんに嫌気が差してきていた。

この時に私はこう思ったのです。

遠くから見ているだけでいいものがあるんだと。

むしろ遠くから離れて見ている方が楽しかったと。

はっきり言ってこんなにめんどくさいものをただ作るだけでは終わらず、さらに毎日エサやりのお世話に水槽のお手入れもしなければいけないのだ。

見てるだけでよかったかも。とは口が裂けても言えない。

お父さんは水槽の前で四苦八苦している。

私は心の中で、度々浮き上がってくる『こんなにめんどくさいならもういいよ』と言いたい気持ちにどうやって蓋をしようかと四苦八苦している。

こういうものはこれから私が出会っていくものの中に、きっと何度も起こることなのだと思った。

アイドルグループのあの人も、きっと結婚したらめんどくさい人かもしれない。

めちゃくちゃ嫉妬深くて、私が出かけるたびにどこに行ってたのか問い詰めてくるかもしれない。

そういうのって多分たくさんあるんだと思う。

だから私は思うのです。

よくわからないけど私の好きな人というのは、きっともう近くにいるんじゃないかって。

だって運命の人が遠くにいないのなら、後は近くしかないでしょう？

もしかしたら隣の席の男子かもしれない。んなことはないか。

なんて思っているとちょうど隣の席の男子が消しゴムを落としました。

私の席の机の脚の辺りに落ちたので、私は椅子を少し下げてその消しゴムを拾ってあげました。

消しゴムを落としたことにも気づかず前の席の人と話すその男子に

「おっくん、落としたよ」と声をかけると

「あ、ありがと」

近くにか……いたらいいな。

学校の帰りの挨拶を終えて、今日はお父さんとお母さんは帰りが遅くなると言っていたのを思い出したけど、時すでに遅しで誰とも遊ぶ約束とかもせず、みんなもう帰ってしまった。

しょうがないから家で一人でアニメでも見ようとトボトボ歩いて帰ることにしました。