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#567:ミステリー文学資料館編『探偵小説アンソロジー 甦る名探偵』

 ミステリー文学資料館編『探偵小説アンソロジー 甦る名探偵』(光文社文庫, 2014年)を読んだ。本書に収録されているのは、1947年〜1950年にかけて雑誌や新聞に発表された短編作品である。収録されているのは、収録順に、角田喜久雄、鬼怒川浩、天城一、楠田匡介、大坪砂男、岡村雄輔、坪田宏、飛鳥高の、計8名の作家のそれぞれの作品である。

 本書の収録作品の中で、私が一番高く評価したいのは、坪田宏氏の「歯」(1950年)である。坪田氏の作品は、最近別のアンソロジーで「二つの遺書」(1950年)という作品を読んで、地味ながら堅実な構成力に強く印象づけられたばかりだが、本作もまた坪田氏の確かな力量を感じさせる優れた作品であると思う。比較的若くして亡くなられたとのことが惜しまれる作家である。

 大坪砂男氏の「三月十三日午前二時」(1948年)は、何十年という時間を隔ててそっくりな不可解な状況で発見される死体という魅力的な謎が提示される作品だが、その真相にはいささか呆然とさせられる。その突き抜けた奇抜さと被害者たちの心理の綾の哀しさが忘れ難い印象を残す。

 飛鳥高氏の「犠牲者」(1950年)は、戦時下でのエピソードが犯行の動機の重要な背景をなす作品で痛ましい。本作で用いられている犯行のトリックは、だいぶ時を隔てて、形を変えて某有名作家の某作品に使われているが、それは偶然だろうか?

 天城一氏の「不思議の国の犯罪」(1947年)は、とてもシンプルで論理的に解決される作品である。そのロジックの鮮やかさが際立つ反面で、ここまで不要な要素を削ぎ落として作品を構築すると、一種の“推理クイズ”のように味気なく感じられるところと紙一重になっている気もしないでもない。

 戦後まもない時期に発表された作品が中心で、今では古めかしく感じられる作品もあるが、本格ミステリファンであれば、本書を読んでけっして損はないと思う。