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#579:土屋隆夫著『寒い夫婦』

 土屋隆夫著『寒い夫婦』(光文社文庫, 1995年)を読んだ。著者の作品は、主要な長編を高校生の頃にまとめて読んだ。『影の告発』『針の誘い』『危険な童話』など。当時は、著者の主要な作品は角川文庫にラインナップしていて、明るいグレーの背表紙カラーが懐かしく思い出される。若い頃の私は、ともかく“読むのは長編に限る派”だったので、短編作品もポツポツ読むようになったのはその後だいぶ経ってから。今では、集中力の衰えが著しく(苦笑)、むしろ長編作品よりも短編作品のアンソロジーの方に進んで手を伸ばすようになってしまったが。

 本書には8篇の多彩な短編作品が収録されている。ウィキペディアで調べてみると、著者の短編集は、連作短編集を除いては、初出以来、収録作品を組み替え、表題作を替えて、出版社を渡り歩いて、繰り返し文庫で刊行されており、どの文庫のどのタイトルの短編集にどの作品が収録されているのか、ちょっとよくわからないというややカオスな状態のようだ。

 収録作品のうち、一番すぐれていると私が思うのは、120ページ近くの分量でどちらかと言えば中編とみなす方が適切と思われる「地図のない道」(1963年)。現在の感覚から言えば、トラベルミステリーに分類されてもおかしくない作品で、権田萬治氏による解説には初出は、「旅」1963年7月号〜9月号とあり、旅行誌に分載された作品ということで納得。本人が告げた行き先とは異なる見知らぬ土地で亡くなった夫の足跡をたどる妻が主人公の作品である。

 「狂った季節」(1954年)は、開業医院を舞台にした愉快なコンゲーム作品。騙されている登場人物には気の毒だが、クライマックスでのトンチンカンなやりとりは、落語の掛け合いのようだ。

 手元には、中古書店で買い集めた著者の未読の短編集がまだ何冊もあるので、おいおい読んでいくのが楽しみである。