無題

眩しさを浴びる:映画『彼の見つめる先に』

このところ毎日暑い。一歩踏み出すと日差しの強さにきちんと目も開けないほど。眩しい日差しを纏った映画は数多くあれど、私が眩しくてたまらない、と思うのはブラジルの映画『彼の見つめる先に』だ。爽やかで目映い、素晴らしい青春映画で、もっと多くの方に観て欲しい、という純の粋な気持ちからnoteをこうして書いている。

・眩しき青春映画『彼の見つめる先に』大体のお話

映画は主人公のレオとその幼馴染で親友のジョヴァンナがプールサイドに寝そべって日光浴をしている場面から始まる。初っ端からとても眩しい。若い二人の体は太陽をいっぱいに浴びて、プールの水を指で撫でる音も相まって、どこまでも爽やか。そんな二人の話題は、このままでは何もないまま夏休みが終わってしまう、というのんびりとした焦燥感から、初めてのキスの話に移っていく。

主人公のレオは盲目なので、彼を心配するあまり両親は過保護気味。家に着いたら連絡をしなくてはいけないし、留学をしたいと話しても「そんなこと出来るわけない」と頭から反対。目の見えない息子がひとりで何かをする、ということが心配な両親の気持ちもわかるけれど、高校生のレオは他のみんなと同じようにひとりの時間を自由に過ごしたり、何かに挑戦してみたいと思い始めている。いわゆる過渡期だ。

そんなレオにある日新しい出会いが訪れる。クラスにやってきた転校生のガブリエルだ。彼は、レオの目が見えないことを全く気にせずに接してくる。猫がトイレを使う動画見た?と聞いてきたり、月食を見に行こう、と誘ってきたり…。レオもジョヴァンナも、そんなガブリエルと自然に親しくなっていき、三人で過ごす時間が増えていく。ガブリエルから、今まで経験してこなかった新しい世界をどんどん教わっていくレオ。急速に仲良くなっていく二人に複雑な気持ちを抱くジョヴァンナ。ガブリエルの登場によって、三人の関係、そして互いへの感情に変化が表れ始める。

・太陽の下でも、夜の外出時でも、眩しい

太陽の光が燦燦と注がれる日中も、陽が落ちた後の野外も、青春映画らしい爽やかさが光る本作。印象的な場面は幾つもあるけれど、レオとガブリエルの距離が縮まっていく様子は、昼間も夜もきらきらと眩しい輝きに満ちている。特に、ガブリエルがレオに“新しさ”をもたらす場面が印象的だった。以下、ネタバレしない程度に触れたい。

◆レオの新体験①…「踊ることは誰にでも出来る」

レオとガブリエルはペアを組み、課題をすることに。ある日レオの家で一緒に課題をしていると、ガブリエルが音楽(ベル・アンド・セバスチャン[There's too much love])をかけて一緒に踊ろう、とレオを誘う。乗り気でないレオは、ガブリエルに「上手でなくてもいいんだ。踊るのは誰にでも出来る」と言われ、二人で音楽に合わせ体を揺らし始める。このシーンでは、二人が踊り始めた時に窓から光が差し込み、二人を眩しく照らしていた。ガブリエルの一言で新しいことに踏み出すレオの姿が、明るく映し出される。

◆レオの新体験②…月食って?

目が見えないレオにとって、月食を見に行くことは冒険のよう。親に止められることを避けるため、レオは家を抜け出し、迎えに来てくれたガブリエルと共に月食を見に行く。ガブリエルがこぐ自転車に乗るレオの様子も、内緒の冒険という雰囲気で静かなワクワク感が伝わってくる。月食がどういうことかもよくわかっていないレオに、ガブリエルは説明をするのだが、この説明する場面はとても印象的だ。是非観て欲しい場面のひとつなので、詳細は伏せておく。(気になる方はどうぞ、本編でご確認を)自然にレオに触れるガブリエルから、その感触がこちらにまで伝わってきそう。夜の暗がりにぼんやり浮かぶ二人のきらめき溢れるシーン。

・溢れる優しい光、その源

この映画の眩しさは何なのだろう、とふと考える。眩しくて、何度も観たくなるこの魅力は一体どこから来ているのだろう、と。ブラジルの太陽の光、パステルカラーでいっぱいの画面、十代のその時にしかない青春の輝き。その全てが眩しさの素になっていると思うけれど、全体を包み込む優しい視線もまた、無視出来ない要素である。その視線が感じられなければ、これほどまでに眩しい作品にはなっていない気がする。その正体は、他でもない監督のダニエル・ヒベイロが作品に込めた思いにあった。パンフレットのインタビューで、監督はこう言っている。

「この映画があなたに話しかけているということ、話し相手になれるということを伝えたい。誰にも秘密を打ち明けることなく、相談相手になれるということを知ってもらいたいですね」※『彼の見つめる先に』パンフレットより一部抜粋

映画を観終わった後、この監督のインタビューを読んで、私は納得してしまった。ああ、この監督が撮ったから、この映画はこんなにも眩しいんだ、と。監督の言葉からも滲み出ている優しさが、映画全体を更に眩しくさせていると感じる。とにかく優しさが果てしないのだ。ネタバレに繋がってしまうので詳しく書けないところが歯がゆいけれど、もし自分が十代の頃、レオやジョヴァンナと同じ位の年齢だった頃にこの映画に出会っていたら、とても救われた気持ちになったと思う。自分であることに悩むすべてのひとの、まさに相談相手になる映画だ。

・この眩しさを全身に浴びようじゃないか

ここまでつらつらと書いてきたことは、映画のほんの一部に触れただけであるに過ぎない。あのシーンにもあのシーンにも触れたい、ラストシーンの素晴らしさも語りたい。レオの聴覚と触覚からの話もしたい。でも、ひとまず我慢我慢。最初から最後まで優しい光に満ちた本作は、若い登場人物たちの思春期ならではの悩みとともに、自分でいることに向き合い、歩み始める過渡期を描いている。そういう意味では、青春映画を観たい方も、自分でいることに悩む方も、そして何より、あたたかい輝きに包まれた優しい物語が観たいという方にもおすすめの映画だ。初めてのキス、自転車で出かける冒険、プールサイドでの日光浴…。少しくすぐったくて、それでもやはり眩しいこの映画を観て、それこそ日光浴のように、心まで陽に浴びてみてほしい。










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