NRIを退職しました
はじめに
私は2023年度に野村総合研究所(NRI)を退職しました。10年弱この会社で働きましたが、私自身NRIは非常に良い会社と感じています。
退職したのは2023年度のどこかですが、長年働いて自分が感じたことを年度が変わる前に整理したいと思い、ブログを書くことにしました。
このブログでは、NRIでどのような仕事をしていたか、退職の理由、働く中で感じたことを素直にお伝えしたいと思います。なお、特定につながるような情報は避けています。
8,000字近くにもなってしまったので、要約を最初に載せておきます。お時間ある方は本文も読んでいただければと思います。
要約
NRIで何をしていたか
金融や産業の業界で、PMやアプリチームのリーダー
オンプレミスからクラウドまで幅広いプロジェクトを担当
退職の理由
自分のスキルが別の環境で通用するか試したいと考えた。NRIが嫌いになったわけではない。
プレイヤーとして転職できる選択肢が多いうちに転職したかった。
NRIの良い点
成長できる環境で優秀な人と働ける
年収や年金制度、健康保険の待遇待遇が非常に良い
大規模プロジェクトからゼロイチのサービス開発まで、仕事の選択肢が多い
品質への高いこだわりを持っている
NRIの改善点
OA環境の制限が厳しい
PM中心のキャリアパスで、イキイキと働く人が少ない
AEにもマネジメントスキルが求められ、開発に深く携わりたい人にはミスマッチがある
独自フレームワークへの依存で、エンジニアが汎用的なスキルを身につけにくい
部署間の文化の差が大きい
トップダウン型のマネジメントが主流
経営陣のビジョンと実際のプロジェクトの方向性にギャップがある
おわりに
NRIは普通の学生にとって、ファーストキャリアとして非常に良い環境
筆者は転職した現在の環境に満足している
NRIで何をしていたか
NRIは、システムインテグレーター(SIer)とコンサルティングを主な事業とする会社です。部署もSIerの仕事とコンサルティングで分かれており、私はキャリアを通じてSIer側の部署でした。業界としては金融や産業を担当しました。
役割
職種としては、アプリケーションエンジニア(AE)と社内で呼ばれる職種です。プロジェクトマネージャー(PM)やアプリチームのリーダー、移行チームやテスト支援チームなど、様々なロールを経験しましたが、私の趣向もありアプリチームのリーダーを努めることが多かったです。
プロジェクト
NRIには、様々なプロジェクトやシステムがあります。私自身は、大規模なASP (*1) の運営・保守から、中〜大規模のプロジェクト、新規性の高いPoCなど、様々なプロジェクトを担当しました。
また技術的にも、オンプレミス、COBOLやC言語を使ったシステムから、クラウド, TypeScript, Docker等のモダンな技術を使ったシステムまで幅広に経験しました。
(*1) アプリケーション・サービス・プロバイダ(Application Service Provider)の略。SaaS のように、一つのシステムを複数顧客にサービスとして提供すること。
退職の理由
退職の理由はポジティブです。NRIが嫌になったから退職したわけではありません。
自分のスキルは別の環境で通用するか
私は新卒でNRIに入社しましたが、就活時に考えていたのは「世間で通用するスキルを身に付ける」ということでした。NRIはそれが実現できる環境と思い入社を希望していました。(正直、受かると思ってませんでした。)
NRIではエキスパート職(旧上級専門職)のポジションになると管理職として扱われます。長年NRIという会社で働いて私もこのポジションが見えてきたとき、管理職になる前にプレイヤーとして別の環境で自分の力を試してみたいという気持ちが強くなりました。世間で通用するスキルを身に付けられたか、ということを確かめたくなったのです。
「アンラーン(*1)」という言葉がありますが、長年働いた会社で身についたクセを一度リセットするチャンスが欲しいとも考えました。
(*1) 参考書籍:Unlearn(アンラーン) 人生100年時代の新しい「学び」
プレイヤーとして転職できる時期
プレイヤーとして転職できる時期を逃してしまうのでは、という懸念も理由でした。NRIの年収をある程度維持しようとすると、転職市場では管理職の役割を期待されることがほとんどでした。更に年齢を重ねると、転職の選択肢がより狭まるのではと考えたのです。
社会人人生を40年弱と考えた時、自分は4分の1程度しか経っていません。残りの4分の3を一度も転職せずに過ごしたら、将来後悔するだろうと思いました。
NRIで働いてみて
最初にポジティブな点を紹介します。
成長できる環境
NRIは非常に成長できる環境だったと感じています。
学生時代の私は至って普通で、特別なスキルや実績を持っていませんでした。それでも、NRIで働く中で論理的な仕事の組み立て方や、技術的なスキル、大規模プロジェクトのマネジメントなど様々なことを学ぶことができました。
また、ITプロジェクトの全体像 (*1) を知ることもできます。顧客の経営戦略とそれに対するITシステムの方針、それを実際に開発・運用してユーザーからどのようなフィードバックをもらうのか、という一連の流れをこの会社で学びました。
(部署・担当者によってバラツキありますが)人を育てる文化が根付いており、研修制度も充実しています。また、NRIには多くの優秀な人や業界の有名人と言えるような人が在籍しており、そういった方々と一緒に働けると大きな刺激を受けました。
ファーストキャリアとして非常に良い会社だと思います。
(*1) こちらの X(Twitter)での投稿が素晴らしかったので引用します。https://x.com/s5ml/status/1738804273943896483?s=20
待遇の良さ
世間のデータが示す通り、NRIは非常に待遇が良いです。
年収だけでなく、確定拠出年金や健康保険などの制度も他社に比べて充実しています。表に出ない要素としては、会社に対する信用が高いので、ローンを組む時に優遇金利を得られることもメリットだと思います。
転職活動で様々な会社を見ましたが、一部の外資系企業や役員職を除いて、NRIほど待遇が良い会社は無いと感じました。事実、転職してNRIのときより待遇は下がりました。
仕事の選択肢が多い
NRIは、やりたいことが一致する人にとっては非常に良い環境です。
主要な業務の一つである大規模プロジェクトは難易度が高く、やりがいを感じる人にとっては良い環境です。
これらに加えて、ゼロイチでサービスを作るようなプロジェクトや最先端技術の検証、海外常駐や留学、ベンチャー企業への出向など、少数ではありますが存在しています。大企業ゆえの選択肢の多さと言えます。
上司も社員のやりたいことを尊重してくれる風土があります(少なくとも私の上司は皆さんそうでした。恵まれていたと思います)。
やりたいことや面白い案件にアサインされるには、「この人になら任せられる」と思ってもらえる必要があります。そのためには、日頃から業務外でスキルを身に付けて、自分のスキルや関心について積極的に発信していることが必要になります。これを出来ている人には面白いことができるチャンスのある会社だと思います。
SIerの価値と品質へのこだわり
少しSIerという業種に視点に向けます。
かつて、「SIerの役割は保険に似ている」とう意見を聞いたことがあります。
現代において、社会インフラとして不可欠になった重要なシステムが多数あります。NRIを含め大規模なSIerの多くはこういったシステムを手掛けています。企業は、こういったシステムを自社で開発・運用する内製の道を選ぶことも可能ですが、SIerに外注(委託)することでリスクを移転することができます。
例えば、運用中のこれらのシステムに問題が発生した際には、早急な復旧や対応が世間的にも求められます。この時、内製している企業単独では十分な人的リソースを調達できない等のリスクがあります。しかし、SIerに請負で委託している場合には、どのような状況であってもSIerは契約により障害対応を行う責任があります(もちろんこれは契約次第です)。SIer内部で何が起きていようと、委託企業からはその詳細は見えません。
開発においても同様です。内製の場合、プロジェクトが遅延するとサービスをリリースできないリスクが高まりますが、委託している場合には期限までの納品責任がSIerには生じます。
もちろん、委託していようと復旧やプロジェクトが遅延することはありますし、良い品質のサービスを生まないことも多々あります。しかし、企業にとっては、開発のリスクや復旧作業のリスクをSIerに移転することが可能になります。この理由から、SIerを一種の保険と見なすことができるという意見でした。
NRIを顧みると、難易度が高く重要なプロジェクトほど、妥協せず高い品質を追求する文化がNRIにはあったと思います。障害には一丸となって対応する光景がよく見られました。また、プロジェクトにおける見積の審議や開発中の品質報告においては、社内には何重ものレビュープロセスがあり、その直前にハードワークしている社員をよく見ました。
もし今後、私が発注者の立場で難易度の高く失敗したくない重要システムを依頼するとしたら、NRIを選択肢に挙げるでしょう。在籍していた贔屓目はありますが、信頼性の高い会社だと思っています。
なお、SIerの主な役割はプロジェクトマネジメントやITの専門技術、業界知識を基にしたITシステムの開発にあります。上記の役割が全てではありません。
改善して欲しい点
ここからは、ネガティブに感じた点を紹介します。
OA環境
NRIでは多くの部署がシンクライアントPCを使用しており、開発に必要なツールの利用が実質的に制限されています。例えば、Node.js や Python をインストールすると、PCが起動しなくなることもありました。また、プロキシを使ったネットワークに対する規制も厳しく、Docker pull / push などはできなかったですし、GitHubやSpeaker Deckへのアクセスも制限されていました。
モダンな技術に関心が高い社員はそれでフラストレーションを溜めて、退職に繋がるケースもありました。
一部の部署は、シンクライアント以外のPCを利用できていましたが、技術やインフラ寄りのTE(テクニカルエンジニア)の部署が大半でした。ただ、私が退職する直前には、Macを標準端末に追加しようという動きもあったので、今後改善されていくかもしれません。
NRIは社員数が多いので、必ずしも全員が高いセキュリティのリテラシーを持っているわけでありません。また、基本的にコーディングなどを外部のパートナー企業へ委託する業態ですので、NRIのネットワーク配下で仕事をする人は多いです。そうなると、プライベートの Google Drive やGithub への社内資料のアップロードなど、セキュリティ観点でのリスクは伴います。受託企業として、情報漏洩のリスクを最小限に抑えるためにはやむを得ない側面もあったと思います。
PM重視のキャリア
キャリアパスの観点だと、プロジェクトマネージャー(PM)の比率が高かったです。ただ、私の目からはNRIでPMを目指したいとは思えませんでした。
最たる理由は、多くのPMや管理職が辛そうな立場に見えたことです。
先述の通り、NRIは大規模で難易度の高いプロジェクトを担当することが多いです。そうなるとPMや管理職には大きな重圧がかかります。また、社内のレビュープロセスも厳しいため、彼らが様々なプロセスで指摘を受けたり詰められる場面に遭遇します。レビュー対応のため、深夜や休日に働くことも求められます。
提供するシステムの品質を高く保つためには必要なプロセスであり、それがNRIの待遇に対して求められる水準なのかなと頭では理解しましたが、自分がその立場になりたいかと問われるとNoでした。
また、私が主に担当していたアプリケーションエンジニア(AE)の役割も、開発よりはプロジェクトマネジメント的な役割を求められることが多かったです。
AEは、設計やテスト・リリース計画の策定なども担当します。ただNRIはプログラムレベルの設計やコーディングを委託する立場であり、プロジェクト期間中は顧客との要件調整や開発パートナーの進捗・品質管理が主な仕事になります。
大規模なプロジェクトでは、アーキテクチャの検討を基盤チーム(TE)が担当することがほとんどです。また上位レベルのアプリケーション設計もパートナー会社が担当することが多いです。そのため、AEの主眼は
どうやって効率的に大量生産するか
その中で品質を担保するか
という点に置かれることが多かったです。
開発に深く携わりたいエンジニアにとってはミスマッチを感じることがありましたし、身につくスキルもプロジェクトマネジメントが中心だと感じました。特に、社内の説明ばかりに時間を使い、顧客や開発に時間を使えないことは改善して欲しかったです。
私自身、AEの経験が豊富な自負はありましたし、コードやクラウドにもある程度は精通していました。ただ、転職活動の中で、NRIのAEは外の会社からPMとしか見られていないことに気付きました。「NRIの人がコードを書けると言っても皆信じない」とさえ転職エージェントには言われました。
また、顧客業務の経験から、ITコンサルタントのロールを紹介されることも多かったです。
もちろん、PMやITコンサルを望む人にとっては良い環境ですし、これらのスキルは市場でも非常に価値が高いです。ただし、テクニカルな分野で活躍したい人には選択肢が限られているように感じました。
独自フレームワークの弊害
大規模なプロジェクトを推進する上では、プロジェクト参加者のスキルにばらつきのある中で、どのように品質を担保するかが重要視されます。品質を担保する方法として、社内には独自フレームワークがありました。規模の大きいSIerではよくある話かと思います。
このフレームワークが本当によくできていて、利用者がHTTPの基礎的な知識(ステータスコードやヘッダー等)を知らずともシステムを組むことができました。
一方で、フレームワークに隠蔽された結果、これらの知識を知らずに年次を重ねる社員が数多く存在していました。そもそも自分の知識がフレームワークに依存するものか、そうでないものなのかの区別が付いていない人も多かったです。
NRIの品質へ多大に寄与するものではありますが、エンジニアの目線からは汎用的なスキルになるとは思えませんでした。
部署・チームによる文化の差が大きい
大企業あるあるですが、部署やチームにより文化がまるで異なります。
「本部や部署が変わると別会社」という声が社内にあるほどで、何度か異動した私もそれを感じました。
新しい取り組みを積極的に行おうとするチームもあれば、「忙しいのに仕事を増やすな」「遊んでないで稼げ」という雰囲気を持つチームも多々あります。感覚的には、後者の方が多いかもしれません。
また、身に付けられるスキルもチームに大きく依存します。
例えば、システムの保守運用は、基本的に営業、開発、ヘルプデスク等のチームが分かれており分業しています。先ほど「ITプロジェクトの全体像を知ること」ができると書きましたが、これらのチームをローテーションするか、他チームの仕事にも関心を持って日々過ごさないと、全体を知ることはできません。
ただ、どの部署でも基本的なスキルを身に付けることは可能です。また社内公募の制度もあります。先ほど書いた通り「仕事の選択肢が多い」ので、自分の専門性や伸ばしたいスキルをアピールすれば異動することは可能です。
トップダウン型のマネジメント
NRIはトップダウン型のマネジメントや意思決定が主流と感じました。
重要なプロジェクトでは、現場メンバーよりもマネジメント層の方針が優先される傾向にあります。これは、マネジメント層の経験則に基づいた判断を重視するためです。結果的にその判断が正しかったことも多いですが、現場の創意工夫が活かされにくい面があると感じました。加えて、客観的に見るとマイクロマネジメントと捉えられるシーンにもたまに遭遇します。
これらにより、社員が受け身(指示待ち)になることは勿体ないなと感じていました。
また、ビジョンや戦略の決定についても同様です。役員やマネジメント層が決めた方針が降ってきて、「具体的な内容は現場で考えて」というケースばかりでした。大企業として構造上仕方の無いことかなと思いつつ、共感できないビジョンや戦略に対してどうモチベーションを持てば良いかは疑問でした。
これは私見ですが「大企業でたくさん社員がいるのだから、誰かが良いアイデアを出してくれるはず(自分は出さないけど)」と、多くの社員が考えていたのではないでしょうか。もちろん、強い意思を持ちボトムアップでアイデアを出したり行動に起こす人たちもたくさんいました。
本当に挑戦できる環境か
NRIは「Dream up the future(未来創発)」というビジョンを掲げており、積極的なチャレンジを経営メッセージでは奨励しています。しかし、チャレンジングなプロジェクトにおいても、短期的な利益を重視しているように感じました。
数年で役員が交代し、毎年の業績が求められる環境では、長期的な視点に立ったプロジェクトが実現しにくいのが現状です。技術に対するR&D型のプロジェクトも、案件の立ち上げ時には「それが利益に寄与するのか」という趣旨の指摘がなされていました。一部、経営層肝入りのプロジェクトはそれなりに投資しているようでしたが、そういったプロジェクトは数件でした。
また、社員側も新規プロジェクトや仕事を立ち上げて取り組もうとする人は少なかったと感じています。「現業が忙しいから」という理由や、あるいは「儲からなさそう」と取り組む前から諦める人も多かったです。
真面目ゆえに、儲からないことを失敗と捉える人が多いからだろうなと思いました。
ビジョンと実態のギャップを感じることがあったのは事実ですが、利益を追求するのは上場企業として当然のことであり、仕方ない部分なのかもしれません。
おわりに
長くなってしまいましたが、以上が私がNRIで働いて感じたことです。
総じて、改善して欲しい点はあるものの、本当に良い会社だったと感じています。私のような普通だった学生がファーストキャリアを過ごすにはとても良い環境でした。もし就職活動をやり直したとしても私はNRIを希望すると思います。
とは言いつつ、転職して良かったと現在の私は感じています。
現職は、NRIよりずっと規模の小さな会社です。経営層との距離も近く、自分の行動や発言が直接的な影響を生むため、より自律して働くことが求められます。また、現職には転職して入社した人もたくさんいます。様々な人と触れ、世の中には色んな経験を持った人がいて、様々なやり方があることを知りました。
NRIという大きな組織の中にいた時には、決まった社内のやり方や知らずに身についたクセにより、自分の視野が狭くなっていたことを痛感しました。
改めて、NRIという会社で過ごした時間は私にとって大きな財産になりました。いつかまたNRIに戻って働くことを否定しません。
このブログが、NRIで働くことを考えている方の参考になれば幸いです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。