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並のゆくさき。


最近はもう世の中全体が

本人や当事者たちよりも

出しゃばって勝手に騒ぎ

先んじて裁いてしまう。


この存在や勢力に対して

マジメに対処しない

相手にしない場合どうなるか。


無視すること自体、

悪いことだろうか?


ワタクスはそうは思わない。

時には無視する必要もある。


無視は良くないと決めつけても

それはそれで、良くないから。


たぶんもっとスムーズに進む。

そういうことのほうが多いはず。

得てしてそういうもんですよ。


ややこしくしてるのは

世の中全体という

得体の知れてるようで

知れてない存在。


あえて扱いを重くしないでいい。

一度そうしてみたらどうか。


彼らも無視して欲しくない

相手をするから余計に張り切る。


熱を帯びて炎に笑いながら

薪をくべていく自分の姿を

冷静に見つめさせることも大事。



私たちは0か100かにする。

バカマジメだから融通利かない。


0でいいのを100にしたり

100もいらないのに100を

ずっと維持しようとしたり。

例えは無限にあり、キリがない。


中途半端に負担だけ増して

加減していいところなのに

全体で何故か加減できなくなる。


自分をも苦しめても止めない。

重大な欠陥であると自覚しながら。


かつての人々だってそうだろう。

私たちと同じツールがあれば

あんな歴史上の偉い人でさえ・・・


同じように文句をつけたい。

叩いて憂さ晴らしでもしたい。


同じ箱を開けたら時代問わず

同じようになるだけだろう。

その時代にあるかないかだけだ。


昔と今を比較しても大差ないはず。

たまらず開けた玉手箱、波に揺られた

行き先で人間は同じ結末を味わう。


偉いのもそうでないのも関係なく

人間はなぜか、人に言いたい。

こう思っているってことを叫ぶ。

自らも存在してることを叫ぶ。


自分を見てくれと叫びたいのだ。

何にも参加できず活かされぬまま

言いたいエネルギーをフツフツと

自分の中に溜め込んで苦しむのだ。


それは当たり前でしょう。

人の数が増え役割がない人が

多くなり、活躍の場を失った。


これが一番大きいんですよ。

まるで鏡をみているかのよう。


役割がない人はつまらなくなる。

つまらないと、どうなるか。

順調で充実してる人を羨ましく思う。

嫉妬が生まれ始め、丁寧に育て上げる。


モンスターの誕生は必然だ。

モンスターには、居場所や役割がない。


何か熱中しながら自分を取り戻し

人生が自分なりに豊かになるなら

モンスターも、柔和な笑顔を取り戻す。


他人のことにクチを出している

ヒマなどないし、自ら恥ずかしいと

思うだろうからそんなことしなくなる。


すべては、他の多くの人から

役割やモチベーションを奪っておいて

黙っていろ!はないって話で。


すべてを握って集約させると

集団は必ずバランスを崩す。

ムリをさせて出口がないからで。


ちゃんと分散させてストレスを

各自ムリに溜めさせないことが

一番大事なのではないか。


細かいことを考えすぎない。

とにかくいろんな人に

役割を与えてみるといい。


見つけさせる流れをつくればいい。

激情して叩くいまの流れは変わる。


叩くなとリズムに乗せて

ラップしようが、歌おうが。

やめよう、というのが間違い。


ハケグチをすべて封じても

どこにもガス抜きできないとき

人はどうなるかわかるだろう。


彼らのハケグチを一部に集めて

自ら呼び寄せてしまうような

社会のダクトを変えないと。


叩くより称え合おうではない。

そんなことで変わるはずがない。


すべての人のハケグチとなる

エネルギーのダクトの出口を

集中させないことだ。


そして何より並の人にも

役割を分散させて皆で認めて

つくり合うことだろう。


偉い人が指図して従うだけでなく

並の人が役割や目的をもって生きる。

その手助けを誰もしようとしない。


勝っている人にはわからない理屈。

しかし並の人にはわかる理屈だ。


波に乗れず、漂い続けた並の人々。

吐き出す出口を求めて今日も

本意でないネット上をさまよう。


叩くことで解消するような

行き場のないエネルギーを

出してしまうのだろう。







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