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活き活きしようとしない社会。


日本ってなんとなく医者の意見に

ルールや常識として無意識に

従うような国民性がある。


そして従うのが当然の雰囲気もね。

コロナに関してもそんな雰囲気。


ツイートする医師が少しハイに

なっている感じもしなくもないが。

言っていることはおそらく正しい。


だけど医者が全員の暮らしの面倒を

経済的にも精神的にもみてくれる

わけではないのでね。


彼らは医者としての意見を言うだけ。

支援し合うことには意見しないでしょ?


ちゃんと社会がうまくまわるように

進言してそれをみんなで動かせる

現実、そういう社会ならまだしも。


そこまで日本は成熟していないし

悪い意味で熟しきって腐ってるから笑


医療上正しいことを言うとしても

たとえ守らずに死ぬのだとしても。


生活やライフスタイルを誰かに

遮られることをヤスヤスと

人間は受け入れてはならない。

安いも、易いも両方の意味で。


この考え方が諸外国とは違う。

この違いがすべてでしょう。


絶対的な信頼をなんとなくおいて

なんとなく先生呼ばわりしてるけど。


日本は先生呼ばわりしてる職業は

だいたい「なんかある」イメージ。

なんかは、なんかです笑


専門家が肩で風切って歩くのを

偉いんだからと上に見て認めてる。

彼らが図に乗るような態度をとって

へりくだってしまうから。


医者が図に乗ってるとは思わないけど

自分の生活より上位に置く理由を

諸外国では当然否定するのが自然。


自分のことを決めるのは自分だ。

そういう意識が当たり前に強くて

社会もそれを認めているからでしょう。


私たちも悪いんですよ、ホントは。

互いに堂々と振る舞えない雰囲気

みんなが失点しないように消極的。


守りに守って勝ちはしないけど

負けもしない。現状維持以下。

現状維持以下はゼロ以下でしかない。


でも他がそのうちチカラをつけて

負けなかったのが負け始めても

これしか方法がない、という意識で。


そう信じて突き進むことしかしない。

これ戦争末期の軍の思考と同じでしょ?


たぶん根っこの国民性なんですよ。

戦前よりさらに前から変わらないやつで。

おそらくいま劇的に変わることはないが

変えていかないと一生変わらない。


自分の意見を自信持って主張する。

その信念をもとに自由に行動するという

当たり前のことができない空気をつくる。


それと、知識がない言動に対して

ミスしてるような雰囲気を

つくってしまうことも原因で。


特に日本人は自分が

間違っている状況におかれると

他者を気にして

すごく恥ずかしがるから。


恥ずかしい思いをしないためには

ちゃんとルールや常識を守って

ミスしないように行動しようとする。

これが実は、そもそもの間違い。


日本では何も知らずに失敗すると

ものすごくバカにするような

雰囲気にしてしまうことが

多いでしょ?周囲がつくる空気で。


ふざけ合うツッコミありきの

雰囲気ならまだ救われるけどね。

それすらいまはマジメにしすぎて

雰囲気をおかしくしてしまう。


他の国は何も知らずに

失敗した人のことを

そんなにバカにするだろうか?


むしろそのトライを

まずはねぎらう。

笑うこともあるだろうけど

カラッとした笑いで。


そして失敗した人に

寄り添い励ます。

ここ。カバーし合う雰囲気を

日本人は躊躇してつくらない。

それがあるとないとでは大違い。


失敗した人は逆に勇気づけられ

失敗したことに対しても

トラウマにはならないで

ポジティブに前に進む。


こういうイメージが

日本ではまず、できない。


あらゆる問題でもこの意識が

積み重なったメンタルの差になって

埋まらない決定的な違いだなと感じる。


一部にいい人がいても

全体の雰囲気に負けてしまい

ミス指摘、非難、中傷を許してしまう。


外国バンザイとまで

しなくてもいい笑

ただ外国はそんなイメージ

ないですよね。


だから不思議と医者だからとか

関係なく自分の主張を堂々と

するような雰囲気を認めてる。


医者や先生に対して上位に

置いていないからですよね。


日本人は偉い人だからみたいに

無意識に上位に置いて関係を

つくって従ってしまうんです。


コロナに対しても怯える日本

怯えずに人生を人権を自覚して

生きようと素直に示す自然体。


すぐ外国と日本を比較してとか

言う輩もいるんでしょうけど笑


コレってやっぱり他の見方

やり方、考え方を知ること

それを実際やってみるしかない。


同じ人間、同じようにやってみる

ってこともやらないままで

否定するのも違うと思うんです。


ヨソはヨソ、ウチはウチ!

っていうのはひとまずもうやった。

これまでやってきて全然進まない。


それでやってないことあるんなら

やってみたっていいと思うから。


どうせ変わらないなら無理しない。

変える決断をヨソまかせにして

やっぱり踏み出そうとしない。

そういう雰囲気が全体を包んでしまう。


なんだかもうね「活き活き」してない。

ずっと活き活きを奪われ続けてるし

窮屈な正義を守って逃げてるだけ。


その結果「生き生き」するだけで

まるで活力のない覇気のないような

どんより感に包まれていく。


この空気のほうが不健康すぎるよ。

いくら空気清浄機を使ってウイルスを

科学的に限りなくゼロに近づけても。


これでは私たちが活き活きする

可能性は逆にゼロではないのか?


もっと、ちゃんとしようよ。

いまと違う「ちゃんとする」をね。



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