発露の出口は塞がぬように?
〇〇しちゃいけません。
〇〇しないで。
という流れを加速すると
社会はどうなるのかなと。
想像するに、ストレス解消の行為。
なんかわからんけど腹立つとか。
もやもやするとかあるんです、みんな。
あえて言わないだけで。
そこにコロナ禍を絡めると余計に
色濃く出てくるんだろうし
エスカレートもするんだと思う。
SNSなどはその行き所を失った
感情の発露の場所のようですね。
コロナ禍以前からそうなんで。
個人のプライベートな空間のみで
その場限り言い合えて、スッキリ。
これができればいいが
いまはできない。
日本はいま、ストレス最悪の状態。
時代が変わればその発露の場所が
変わってくる。酒場からネットへ。
でも発露すること自体を封じて
変えさせてはいけない。
いまの流れでは
思っていても言わないで。
書かないで、発表しないで。
黙っていて、という方向にいく。
わきまえすぎるとその発露を
どこに持っていったらいいか
わからなくなる人だっている。
みんながみんな、選択肢が豊富に
あるわけではないのだから。
相手が嫌がる発言をしないで。
そこから発言による発露が封じられる。
ストレスが溜まる。
どこかで爆発する人間が出てしまう。
たぶん、発露の出口をふさいだら
ダメなんだと思う。
想像、イメージですけど。
誰かを救えるどころか
自分が逸らせた怒りが
他の人に向くことにもなり
終わらないだけ。
発露の出口を自主規制で
多少は緩めたり、
締めたりする必要はある。
でも全部締めたらダメになる。
爆発してしまうんだろう。
流れをせき止めてしまうと
何かが溜まっていくということに
無感覚な人が多くなったんです。
日常をスムーズに流れよく
生活してる人が増えたから。
ちょっとボヤっとした
表現ですけど、そこから
ボヤ騒ぎになることもある。
発露の出口をふさぐよりも
酷い結末を生むこともありうる。
じゃあどうするの?となるでしょ。
基本的には、みんなで想像すること。
他人の立場を考えて、許すことで
可動領域を広げておくことです。
抽象的ですけど、
イメージとしてはそう。
投げられたボールを
キャッチするとき
グローブや素手であっても
ちょっと手を引いて衝撃を
吸収したりするといい。
でもいまの現状は
勢いのあるボールに対して
自分の腕を突っ張った状態で
全部の衝撃に対抗しようとしてる。
バチって大きな音がするし
取るほうも痛いほどの衝撃。
手がどっちにしろ痛くなる。
腕や手首、からだをちょっと
曲げたりしながら衝撃を
和らげるといいよって言われた。
というか自然にそうしてたりする。
差別的な発言をされた。
こんなことしないで。
あ?逆に腹立つな。
もっと差別的に煽る。
みんなみて。こんなことされてるんだ!
なんだこいつ。やっちまえ。
このやっちまえ行為は
実は最初の差別的行為の人と
本質は同じでしょ?
でも
叩かれても叩かれても
痛くないから
また出てくる、この繰り返し。
別のアカウントをつくる
ってのはある意味自分じゃない。
感情のエスカレートにつながる自分を
無意識に逃がしている。
皮肉ですが、彼らも感情の発露を
つくっているんですよね。
こういう感情と人間は
うまく出したり抑えたりして
調節しながら生きていくもの
だと思うんです。おそらくは。
ゼロにしようと思って
排除してもダメなんですよ。
洗剤などのCMでも汚れは
全部、落ちないでしょ?
あれと同じで全部はなくならない
はずなのに、ゼロにしたくて。
これって何らかの意味で
自分でバランスをとることしか
方法はないと思うんです。
落ちないように、
転ばないように。
だけではなくて。
落ちたとしても
戻れるように
転んだとしても
立ち上がれるように。
あるいは最小限に
衝撃をとどめるように
吸収してやわらげる。
相手の衝撃を逃がす。
100のチカラを100で
同じ幅で同じ角度で対抗して
受け止めていたらツライ。
なんだろうな、正面で
まともに衝撃を受けるときと
緩衝材的な効果があるとき。
違いますよね。
うまく逃がしてやる。
左右や後ろなどに相手のチカラを
吸収しつつ衝撃を逃がす。
難しいけど受け手の気持ちも
この経験することによって育つ。
マイナスを経験するっていうけど
そういうことも含まれてると思う。
いまの時代は言われることを
嫌がり、言われないように
完璧にしようとか
上回ってやろうとか
してしまう流れがあるけど。
それだとできない人が多くなり
ツラくなっていくだけだと思う。
嫌がることをする人はいるし
いなくならないから。
その発露の出口を封じるのも
良いことに繋がらないし。
抑え込もうとしても反発が
強まるだけの悪循環を生む。
いまはとにかく目にしたくない。
目の前から消してしまいたい。
強い恐怖感に起因するのだろう。
ただ排除するだけではなくて
衝撃をやわらげる方向へ
逃がすほうに自分も意識していく
そのほうがいいのかもしれない。