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好きなことして生きる私を好きになる

人に自慢できる長所なんてない。

就職活動中、ずっとそんなことを思っていた。
エントリーシートに必ずと言っていいほどある「長所」に関する項目。
何を書けばいいか分からず、散々悩んだ。

面倒くさがり屋。優柔不断。時間にルーズ。
やりなさいと言われた自己分析をしたところで、見つかるのは自分の嫌なところばかり。

そりゃ、本当に何を書いてもいいのならば、ひとつくらいは思い浮かぶ。

長めのまつ毛。
私は、自分の体で一番まつ毛が好きだ。
色んなところで「まつ毛長いね!」と言ってもらうことがある。

でも、長所の欄に「まつ毛が長い」なんて書いたら、それ以外にいいところないのかよと、逆にマイナスプロモーションになりかねない。

結局、「人を思いやることができる」みたいな、当たり障りのないことを書いて就活をやり過ごした。

そんな私も今年で社会人7年目。
今思う、私の長所とは何か。


アラサーの私が今思うこと

今の私は、いわゆるアラサーと呼ばれる年齢。
まだまだ先と思っていた30歳という節目も、気付けばもうすぐそこに。

この歳になると、周りの友達は、結婚や出産など人生の大イベントを経験する人が一気に増えてくる。
SNSを開けば、「入籍しました。」とか「第一子を出産しました。」のような、おめでたい報告の嵐。
LINEのアイコンは、ウェディングドレス姿の写真とか子供の写真率がぐんと高くなる。

みんな当たり前のように恋愛して、結婚して、お母さんになっていく。
すごいな。偉いな。


そんな中で独り身の私に対し、「そろそろ結婚しないと」みたいなことを言ってくる人がたまにいる。
そういう時は愛想笑いをしつつ、心の中で「うるせぇ、ほっとけ」と呟く。

しかしその一方で、胸をグサッと刺されたような痛みを感じるのも事実。

結婚もしていない。子供もいない。
仕事一筋のキャリアウーマンかというとそういうわけでもなく、家から通えるという理由だけで就職した会社に勤める普通のOL。

たまに、ふと考える。
こんな私の生きている意味ってなに?


親に「結婚して子供産んで、普通に幸せになってほしい」と言われたことがある。
普通に幸せになる?
結婚も出産もしていない私は、普通の幸せも手にできていない上に、生きている意味もない存在なのか。


私が歩んできた人生について

では、そんな私が歩んできた人生は、それほどにダメなものだっただろうか。

振り返れば、私はいつの時代も自分の好きなことをしていた。
好きだ!と思ったことにはとことんハマり、気が済むまで楽しみ続けた。

例えば、アイドル。
小学生の頃から今まで、ハロプロやジャニーズなど色々なアイドルにハマってきた。

アイドルは、私の心の支えだった。
好きなアイドルのパフォーマンスに、何度も何度も元気をもらった。
「アイドルの話をする時、すごくキラキラしていて楽しそう」と、何人もの友達に言われたことがある。

私の人生には、アイドル好きがきっかけで得たモノや経験したコトが沢山ある。

人前で何かを表現することに憧れて入った高校の演劇部。
その流れで大学でも所属した演劇サークル。
縁あって社会人になってからも何度か出演した舞台。
作品を創り上げることで感じた喜びや悔しさ、そして達成感。その中で出会えた大切な仲間。

大学のゼミの先生が「絶対あなたのが一番なのに!」と、学科の中での評価が二位だったことを悔しがってくれた、アイドルをテーマにした卒業論文。

ずっとやりたいと思いながら25歳でやっと習い始め、中高生に混ざりながら必死に練習しているダンス。

これらは全て、「アイドル」という好きなものがきっかけになっている。


大学生の時に気付いた、展望台巡りという趣味も同じ。
それまで何を書こうか迷っていたエントリーシートの趣味の欄には、思い切って「展望台巡り」と書くようにした。

今までに訪れた様々な展望台から見た素敵な景色たち。
その展望台の魅力を伝えたくて始めたインスタグラムや、もっと色んなことを書きたくて辿り着いたnote。

これまで文章を書く習慣がなかった私が、毎週試行錯誤して記事を書くようになった。
先日投稿したこちらの記事は、ありがたいことに初めて「スキ」が100を超えた。


そのほかにも、
何度も心を震わせ、生きる希望を与えてくれた演劇鑑賞。
いつも最高に楽しい気持ちにさせてくれたアニメ。
日々のストレスを吹き飛ばしてくれるお笑い。

これまで好きになった全部が、私という人間を作り、成長させ、豊かにしてくれている。


改めて考える。
私の人生ってそんなにダメだっただろうか。

今なら胸を張って言える。
答えは「いいえ」
だって、振り返れば私の人生は私の好きなもので彩られ、キラキラと輝いているから。


多様性のある社会と私の生き方

私は、今まで本当に好きなことばかりして生きてきた。
いつだって、自分が好きだ!と思ったことを愛し、そのおかげで色んな景色を見てきた。

「好きなこと色々してて、本当にすごいと思う」
いつだったか、友達に言われた言葉を思い出す。
その時は「いやいや、ちゃんと恋愛とかしてるみんなの方が何倍もすごいよ」と思っていた。

好きなことをして生きてきた自分には、価値がないと思っていた。
でも、「好き」の気持ちを原動力に行動するこの生き方は、見方を変えれば他人に誇るべき私の長所なのかもしれない。


「多様性のある社会」とは、誰もが認められている社会だと私は思う。
自分と相手の違いを理解し、互いに認め合うことが必要不可欠だ。

そしてそれは、他人だけでなくきっと自分に対しても当てはまる。
相手を認めるのと同じように、自分自身のことを理解し、認める。


いつに間にか、自分の中にある常識にとらわれていた。
無意識に自分と他人を比べ、その違いを気にしていた。
「あの子は結婚しているけど私はしていない。」
「あの子はあんなに子育て頑張ってるのに、私は何もしていない。」
自分のものさしで、自分がダメだと決めつけていたのは、他の誰でもない、自分自身だったのだ。

色んな生き方があっていい時代。
様々な価値観が、少しずつ理解され始めている今。
私は、好きなことをして生きる自分を否定してばかりでなく、好きになりたい。


そんなに簡単に世の中は変わらない。
自分自身をすぐに変えることも難しい。
きっと、「そろそろ結婚しないと」と言ってくる人にこの先も出会うだろうし、私はまた愛想笑いをしながら少し傷ついたりするだろう。

でも、自分のことを好きになれる自分に一歩ずつ近づくため、私はここに「私を愛する宣言」をする。


私は、好きなことをして生きる私が好きです。


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