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原因としての事象を遡ること

1.おさらい(2022年6月4日付記事)

2022年6月4日付記事「理由を遡源し、判断の基軸を知る」で、理由の系譜(理由の背後の理由)を辿るプログラムは、形式的には無限に続く(無限遡行)することを示しました。先の記事のポイントは以下のとおりです。

  1. 理由の表明は価値の表明であること

  2. 理由が価値判断を伴う限り、その価値判断の一階上の理由を要請し続けることが形式的に可能であること

  3. どこかで理由の背後を問わないようにしているからこそ、我々は価値判断の基軸を獲得していること

この記事から読み始めた方は「なんのこっちゃ」だと思いますが、とりあえず、あなたにとっての「なぜ勉強してるの?」の理由と、その背後の理由が何であるかを考えてみてください。そうしたら、上の1~3で言わんとしていることがわかると思います。

2.価値判断から根拠判断への適用範囲の拡張の準備作業

2.1.理由によって表明されるのは価値だけか

先の記事は、切り口として価値判断に着目しています。「なぜ働いているのか」、「なぜ勉強しているのか」は日常の話題としてわかりやすく、自分事として考えられる例だと思いました。そこで、便宜的にこの事例に着目して話を進めてみた次第です。

しかし、理由の系譜が無限遡行するという構図は、価値判断に限られるのでしょうか。先に「1. 理由の表明は価値の表明であること」を示しました。これに関して、理由によって表明されるものが価値だけなのかを考えます。そのアプローチとして、これの反例を特定することにします。

2.2.反例探しの準備作業としての「価値」の定義

まず、ここで使用している「価値」を定義する必要があります。「価値」の範囲がわからないと、それではないもの(=反例)がわからないからです。

価値の定義としては、広辞苑のような既存の説明を援用してもよいのかもしれません。しかし、反例探しの準備作業としては、その目的に適合した定義を検討した方がよいと考えますので、ここでは自前の定義を作ることにします。定義の制作に当たって、以下の3点を考慮します。

  1. 日常的には「価値」は「ねうち」という意味で使われていること。

  2. 「価値」は「価」と「値」に分解でき、いずれも定量的なニュアンスを持っていること。また、いずれも人偏(にんべん)を伴っており、語源としては人がその程度の評価に関わっていることが示唆されること。

  3. 2022年6月4日付記事では、価値判断を「あるものと別のものを比較して、一方がよいとすること」と表現していたこと

以上をもとに、以下のとおり定義を制作しました。

「価値とは、あるものと別のものを比較して、ある主体にとって好ましいもの若しくは好ましくないものを序列化する観点の尺度、又はその尺度に基づく序列化の程度のことをいう。」

2022年6月4日付記事での「なぜ働いているのか」という例では、終極の価値が「快適さ」という尺度の観点だったということになります。これによって、好ましいもの、好ましくないものが序列化されるのであり、豊かな生活の方がよく、お金を稼ぎたいということの方がよく、働いていることの方がよいということになっていたわけです。

2.3.反例

「なぜ〇〇なのか?」という形式の問で、反例となる場合を探します。例えば、以下のようなものがあるでしょう。

Q1 なぜ雨が降るのか?
A1 大気中に存在する水蒸気が凝結・成長することで一定の質量を獲得した液滴が、地球との間の引力に従うから。

これはある主体にとって好ましい又は好ましくないこととは無関係の事象です。ここで、理由として表明されているのは価値ではありません。結果を引き起こした原因や要因としての事象です。これが反例となるので、理由によって表明されるものは価値だけではないことが示されました。

なお、以下の検討を進めるに当たって、ここでは「結果を引き起こした原因や要因としての事象を特定すること」を「根拠判断」ということにします。これは、「あるものと別のものを比較して、一方がよいとすること」を「価値判断」としていたことと対の位置づけになります。

3.価値判断から根拠判断への適用範囲の拡張

ここで目指すことは、理由の系譜(理由の背後の理由)を辿るプログラムが形式的には無限に続く(無限遡行する)ことが、根拠判断に関しても当てはまることを示すことです。(※もともとは価値判断に関する理由の系譜で、この無限遡行を特定していました。)

まずは、以下の問答を見てみましょう。

Q1 なぜ雨が降るのか?
A1 大気中に存在する水蒸気が凝結・成長することで一定の質量を獲得した液滴が、地球との間の引力に従うから。
Q2 なぜ大気中に水蒸気が存在するのか?
A3 地表に存在する水が蒸発したから。
Q3 なぜ地球に水があるのか?
A4 岩石惑星としての成立過程で、水又は水を生成しうる元素が持ち込まれたから。
Q5 なぜその元素は宇宙に存在したのか?
A5 ビッグバンによって生じたから。
Q6 ビッグバンは何によって生じたのか?
A6 (知るか―)

この例は、ある理由が原因や要因としての事象を特定すること(根拠判断)を含むのであれば、その原因や要因としての事象の存在に関して、一階上の理由を要請できることを示しています。したがって、理由が根拠判断を含む限り、このプログラムも形式的には無限遡行に至ることになります。

そして、この無限遡行の処理に対する対応も、価値判断の時と同様だと考えられます。「答えに窮する直前の理由」が終極の原因事象であり、上の例ではビッグバンです。その背後を問わないようにしているからこそ、根拠判断の基軸(この場合はビッグバン理論に基づく科学的世界観)が成立していることになります。

4.まとめ(適用範囲の拡張後の整理)

今後のため、以下のとおり整理しておきます。

  1. 理由の表明は、価値又は原因や要因としての事象の表明であること

  2. 理由が価値判断又は根拠判断を伴う限り、これらの判断の一階上の理由を要請し続けることが形式的に可能であること

  3. どこかで理由の背後を問わないようにしているからこそ、我々は価値判断又は根拠判断の基軸を獲得していること

5.おまけ(徒然草第243段)

原因・要因としての事象の理由の系譜に関する古典的な例です。幼いころの兼好法師が諸仏の起源である第一の仏について父に問い、父が答えに窮した(空から降ってきたのか、土から湧いてきたのか(笑))というお話です。

八つになりし年、父に問ひて云はく、「仏は如何なるものにか候ふらん」と云ふ。父が云はく、「仏には、人の成りたるなり」と。また問ふ、「人は何として仏には成り候ふやらん」と。父また、「仏の教によりて成るなり」と答ふ。また問ふ、「教へ候ひける仏をば、何が教へ候ひける」と。また答ふ、「それもまた、先の仏の教によりて成り給ふなり」と。また問ふ、「その教へ始め候ひける、第一の仏は、如何なる仏にか候ひける」と云ふ時、父、「空よりや降りけん。土よりや湧きけん」と言ひて笑ふ。「問ひ詰められて、え答へずなり侍りつ」と、諸人に語りて興じき。

吉田兼好著. 徒然草(西尾 実, 安良岡康作 校注. 111刷).岩波文庫




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