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【朗読雑記】山本周五郎『殺生谷の鬼火』あの有名なミステリーの‥‥‥

今回は、少し前に朗読してみた山本周五郎さんの『殺生谷の鬼火』という作品についての概要や感想です。
ネタバレになりますので、未読(未視聴)の方はご注意ください。
※ネタバレに考慮して、目次はもう少し下に配置しています。

spoon版 はこちら。

青空文庫はこちら。









‘The Hound of the Baskervilles'の翻案、その特徴

さて、この『殺生谷の鬼火』ですが、これはシャーロック・ホームズの『バスカヴィル家の犬』のアレンジ版となっています――って、ミステリを読まれる方なら誰もがすぐ気づかれることと思います。
もうそれを示唆するだけでネタバレになってしまいますね。

<翻案>といっていいレベルの内容で――今現在はもはや問題にならないことではありますが――、当時はしっかり許可とか取っていたのかなぁ‥‥‥と、著作権に賑わう今日この頃‥‥‥でもありましたw。

その本家たる『バスカヴィル家の犬』は1901年8月から1902年4月の間、英国の『ストランド・マガジン』に掲載されました。
シャーロック・ホームズの死から8年を経ての作品でしたので、「すわ!ホームズ復活か!?」と大評判になったようです。

もっとも『バスカヴィル家の犬』はホームズの死の前に起きた事件という設定ですので、この時点ではホームズの”復活”はありません。
(ちなみにシャーロック・ホームズの復活を描いた作品は"The Adventure of the Empty House"(「空き家の冒険」「空き家の怪事件」など)ですが、これは連載終了の約1年半後――イギリスの『ストランド・マガジン』1903年10月号に掲載されました。)

そして山本周五郎さんの『殺生谷の鬼火』は『バスカヴィル家の犬』のおよそ35年後――1937(昭和12)年9月、「新少年」という雑誌に掲載されました。

日本風に、少年少女向けに、めっちゃ簡易に――改造した、という翻案作品です。

和風なところと、”怪奇”がそぎ落とされているところがお気に入りです。(本家は少しオカルトっぽいです。)
これらは呪いのもととなった事件の設定にあると思いますので、ちょっと比較してみるのも面白いと思います。

『殺生谷の鬼火』にみる ‘The Hound of the Baskervilles'

山本周五郎さんの『殺生谷の鬼火』では、土着の民たちを惨殺したことが”呪いのもと”となっているとされています。

これは守護の力にしろ呪いにしろ、非常に強い思い――特に死に際のそれ――は力をもって残り、宿る‥‥‥、と考える日本の感覚にとてもマッチしていると思いました。日本人は地獄よりも怨念が怖い‥‥‥‥‥‥、和風感がナイスです。

他方、本家の‘The Hound of the Baskervilles'は、日本人だからだというわけではないと思うのですが、ちょっと怪奇色のあるものに感じられます。

‘The Hound of the Baskervilles'では、祖先たるヒューゴ・バスカヴィルさんが隣地の娘を誘拐監禁したあげくに逃げられます。それに気づいて激昂した彼は、

‥‥‥, and he cried aloud before all the company that he would that very night render his body and soul to the Powers of Evil if he might but overtake the wench.

「もしもあの田舎娘に追いつけようものなら、私はその場でこの身も心も悪魔に捧げようぞ!」(朧月訳、訳注:既に夜なので‥‥‥)

とかなんとか叫んで、猟犬たちを連れ、馬を駆って娘の後を追いかけます。
しかしなんとさらにその後を”地獄の番犬みたいな犬”が追いかけているのが目撃されるのです。
そしてその後‥‥‥、恐怖と疲労で死んでしまった娘のそばで、その”謎の犬”と、その犬にかみ殺されているバスカヴィルさんが発見されるのでした‥‥‥。

――という事件です。

さて、いきなり現れたこの”地獄の番犬みたいな犬”とやらは一体どこから来た、何物なのでしょうか――?
ちょっと悪魔との取引き‥‥‥といったものを連想させる内容なのですが、いずれにせよ、元となる事件そのものが既に”怪奇色”をおびているので、怪奇物のように扱われても仕方ないかな、とも思います。

本家の”the hound of the Baskervilles”の正体(実体)

とはいえ、ホームズが解決した現在の(?)事件では<謎の生物>とはいいつつも<地獄の犬>とはなっていません。

ワトスン博士が初めてこの<犬>を見たときの描写は次の通りです。

A hound it was, an enormous coal-black hound, but not such a hound as mortal eyes have ever seen. Fire burst from its open mouth, its eyes glowed with a smouldering glare, its muzzle and hackles and dewlap were outlined in flickering flame.

それは犬だった――巨大な、漆黒の犬。だが、こんなにも死そのものを思わせるような目をした犬を、これまで見たことがなかった。開いた口からは炎が噴き出し、目はくすぶるような輝きをギラギラと放ち、鼻先と首回りと喉袋は、チラチラ瞬く炎に縁どられている。(朧月訳)

しかしこれは(あまりにナンセンスなせいか)、後述される<実体>との関係も含め、ワトスン博士の錯覚だったとされているようです。

この怪物の実体についての描写は<犬>が死体となった場面にあります――、一応本文をのせます‥‥‥。

In mere size and strength it was a terrible creature which was lying stretched before us. It was not a pure bloodhound and it was not a pure mastiff; but it appeared to be a combination of the two-gaunt, savage, and as large as a small lioness. Even now in the stillness of death, the huge jaws seemed to be dripping with a bluish flame and the small, deep-set, cruel eyes were ringed with fire. I placed my hand upon the glowing muzzle, and as I held them up my own fingers smouldered and gleamed in the darkness.

"Phosphorus," I said. "A cunning preparation of it," said Holmes, sniffing at the dead animal. "There is no smell which might have interfered with his power of scent. We owe you a deep apology, Sir Henry, for having exposed you to this fright. I was prepared for a hound, but not for such a creature as this. And the fog gave us little time to receive him."

長いので要約しますと、この”怪物”の正体は「ブラッドハウンドとマスティフを掛け合わせたように見える、獰猛そうな、小柄なライオンくらいの大きさの”生物”で、(犬の)匂いをかぎとる能力を阻害しないよう狡猾に調合された燐が顔に塗られている」ものだった、ということです。

(‥‥‥つまり口から垂れていた隣のせいで、ワトスン博士には炎を吐き出しているように見えたってことかしらww?)

まとめの感想:『殺生谷の鬼火』と’The Hound of the Baskervilles’

以上、『殺生谷の鬼火』より、ちょっとシャーロック・ホームズの『バスカヴィル家の犬』を振り返ってみました。
比べてみるとどうでしょう?

呪いの言い伝え、その伝説を利用した殺人計画、<隣>をぬった”犬の眷属”という凶器――、骨組みはまったく同じです。

もっとも本家のお話はレッドへリング的なものも含めてもっといろいろな要素がつまったものではあるのですが‥‥‥。
それでも『殺生谷の鬼火』は少年向けの簡易版として十分楽しめるものでした。
特に作者の他の多くの少年向けのミステリ作品よりずっとリズムもよいので、さらっと読むには面白い、よい作品だと思います。

spoon版 はこちら。

ちなみにこの作品、実をいうと個人的にはモチベーションに大打撃を受けた(?)作品でもあります(;^ω^)。

というのは、本作は、全体的にすっきりもしているし、周五郎さんのミステリ歴という観点からも興味深い作品だと思っていたのですが、これが「ちょっとひどい‥‥‥」と思っている彼の同ジャンルの他の作品よりも、全然視聴されなかったのですよね‥‥‥(p_`、)。
本が大好きなので、いいと思っている作品”の方”が届かないというのは、――おそらくそういうチャンネルなのだと思ってしまうせいもあって――、かなりショックで、ド~ンときちゃいます‥‥‥(p_`、)。

おしまい

作品情報

ああ青空文庫「図書カード:No.59102」の作品です。
URL:https://www.aozora.gr.jp/cards/001869/card59102.html

作品名:殺生谷の鬼火 (せっしょうだにのおにび)
著者名:山本 周五郎
初出 :「新少年」1937(昭和12)年9月

底本:山本周五郎探偵小説全集 第一巻 少年探偵・春田龍介
出版社:作品社
初版発行日:2007(平成19)年10月15日
入力使用版:2007(平成19)年10月15日第1刷
校正使用版:2007(平成19)年10月15日第1刷

底本の親本:新少年
出版社: 
初版発行日:1937(昭和12)年9月

入力者名:特定非営利活動法人はるかぜ
校正者名:良本典代

TEXTファイル作成日:2022-07-27(修正日:同日)
XHTMLファイル作成日:2022-07-27(修正日:同日)

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