見出し画像

さびしい広場にて (よしなしごと)

3月の始めくらいまで、どこかの保育園の保母さん方が小さい子ども達と一緒に遊んでいるのを、よく見かけた。彼らの様子はとても可愛くて、通勤途中の荒みそうな私の心を和ませてくれていた。

例の疫病以降、保育園も外出を自粛しているのか、とんと姿を見かけない。もう、寂しくて仕方ない。私は幼い子どもを見ると、意識無しに頬が緩み手を振ってしまう。わが子も可愛かったが、わが子でなくても小さい子は本当に可愛いと思う。手がかかるのも事実だが、それを凌駕する愛しさは半端ない。

だから尚更、幼い子どもへの虐待事件は許せない。先日も、若い母親が3歳の娘を置き去りに旅行して、餓死させる事件があった。報道によると彼女はよく「子どもがいるから遊べなくて、つまんない」と言っていたそうだ。子どもと遊ぶ楽しさを知らないなんて、哀れだ。もちろん一番哀れなのは、そんな女の元に産まれてしまった女の子だ。

仮に、若気の至り一瞬の快楽の結果として、授かってしまった不幸な生命だったとしても、産みおとした以上は育てなければならない。それは女性だけでなく、男性も同等の責任がある。親権をもったなら、成人するまで育て上げる責任がある。そんなシンプルな事も理解できない精神的貧者には、子どもを作る行為さえ行ってはならないと、教え込むべきだろう。

全部ではないが、この国は政治も国民も、一部がとんでもなく欠落しているように思えて仕方ない。普通という概念さえ危うくなっている気がして、なんとかできないものかと時に真面目に考え込んでしまうのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?