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説法と懺悔に見る日米の学びの違い

コミュニケーションを学んでいるといろんな点でふと疑問に思うことが多々あります。それは日本と欧米の違いです。表題では日米としていますが、日本と欧米の違い、東アジアと欧米の違いかもしれません。
日本人が深く学びたいとか、人生で行き詰まっている、と言うようなときには、昔は僧侶の説法を聞きに行っていたことが多いようです。僧侶の説法と言うと、日蓮や親鸞などの鎌倉仏教の始祖たちの説法をイメージするかと思いますが、東大寺大仏建立に奔走した行基さんでも同じことがいえます。西暦700年代の古くから、日本人は、人生の拠り所で僧侶の説法を聞きに行ってたのですね。
欧米人が人生に悩んでいるとか行き詰まっている、といったようなときには、教会に懺悔をしに行っていました。そして自分の罪を告白していたわけですよね。
まぁ、これだけの違いなんですが、日本人は人生に悩んだとき、話を聞きに行くのですね。欧米人は、人生に悩んだとき、話をしに行くのですね。

さて、ちょっとここで話は飛んじゃいますが、これ、1on1ミーティングに本質的な影響を与えているような気がしています。
前述の通り悩んでいるのは、一般の普通の方々です。会社に置き換えると一般社員ですよね。つまり、日本では一般社員は話を聞く方が普通だったようです。欧米では一般社員は話をするのが普通だったようです。でも、欧米では上司も話をするので、会話量はフィフティーフィフティーです。
とすると、現場の1on1、上司の人たちは「部下の話を傾聴しましょう」と多くの研修を受けています。でも、歴史的に見ると、一般の日本人は話を聞く方が楽なのかもしれませんね
1on1でいろいろ部下に質問して、話を聞き出そうとしている上司の方々、歴史と伝統に逆行せねばならないと言う点でも、ひょっとしたら厳しい状況なのかもしれませんね。

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