見出し画像

桃太郎 濃いめ

注)思い付きで何の裏付けもなく書いています。
  ご了承ください。



古来、日本には鬼という生き物がおりました。


成体となった身体は人の倍もあり、その腕力は熊を素手で殺すほど強く、更に知能も高く言語を有するだけでなく人語をも解し、金銀の宝と酒と色を好み生命力旺盛な彼らは、武器を持った人間にとっての唯一の捕食者として、食物連鎖の頂点に位置する種族でありました。

ただし、強い生物ほど数が少ない事は生物界の常であり、鬼もその例外ではありませんでした。

さらに強い雄の鬼が雌を独占するため、群れの中における血が徐々に濃くなっていく文化的背景と、長年に渡り強さを重んじる種族意識の刷り込みによってか、結果として雌の生まれる確率が極めて低いという2つの理由がこの状況に拍車をかけ、個々として圧倒的能力を持ちながらも、鬼の絶対数は徐々に、そして確実に減少の一途を辿り、今やその絶滅も迫っておりました。

時に、文明社会とは人間が知恵と「数」でもって形にし、発展させたものです。

強く優秀ながらも少数であった鬼という種は最後までこれを持つには至らず、欲しいものは奪う事で容易く手に入るため、彼らの生活はその暴力によりあまりに盤石であったが故に、その興味が農耕や道具の開発や発展に向く事はなく、また彼らの体の大きさが細かい作業に向かなかっと事も手伝い、その原始的な生活はどれほど歳月が経ようとさしたる変化を見せる事はありませんでした。

弱さゆえに知恵を身に付け、群れる事で身を守ってきた人間種族は、鬼が自然と衰退していく中、時に彼らによる甚大な被害を出しながらも、これを掻い潜る手段とその数を着実に増やし、世界を「人の世」に変えていったのです。

鬼は強い生き物の習性として1つ所に留まるため、人間文化の中枢は次第にここから距離を取り、鬼の巣により近い土地には次第に貧しい人間達が追いやられるようになりました。

これは、そんな時代のお話です。


人里から少し離れた山中、ある貧しい親子が暮らしておりました。

父母と、年若い娘が1人。

娘は美しく、ここが街中であれば評判の美人と呼ばれた事でしょう。

貧しい集落からも少し離れた不便なこの場所を訪ねてくる者はほぼおりませんでしたが、控え目で人付き合いの苦手な彼らは好んでここに居を構え、さらには賢くこの環境を利用し、周囲の土地を自力で根気良く長い時間をかけて切り開き、耕した田畑からは毎年十分な作物を収穫して暮らしておりました。

両親は娘の結婚を望んでおりましたが、娘自身は嫁に入るとなれば年老いた両親を見捨てる事になると言って聞かず、妙齢になっても両親の元に留まり続けました。


ある雨の夕暮れ時、娘は家路を急ぐ中、道脇の茂みから飛び出してきた何者かに出会いした。

深く頭巾をかぶってはいるものの、一見して男と分かる体格に娘は一瞬たじろぎましたが、その男は娘を一瞥した途端、気を失いドサッとその場に倒れ込むのでした。

見ると頭巾は血だらけで、手足に多くの裂傷が見て取れます。

男が重傷である事に気づくや、娘は近くにあった洞穴へ男を担ぎ込み、優しく介抱してやるのでした。

そして応急的な処置を終えると男は息を吹き返しました。

目には不思議な光を宿しており、他人との面識のあまり多くない娘も一見してこの男に常人とは違う何かを感じたのでした。

礼を言う男の様子に悪人ではないとの確信を深めると共に、何とはなしに事情を察した娘は「明日またここに来ます。」とだけ告げると、男の素性には触れる事なく家に帰りました。

相手が若い男であったため、何となく気恥しさから両親にこの出来事を言えぬまま、次の朝、今度は食事を持って訪ねた娘に、男は改めて礼を言うと自らの素性について語り始めました。

男が人間ではなく鬼である事。

人間のように小さく生まれ、争いを好まぬ事で鬼の中で迫害され続けた挙句、ついに命からがら巣を逃げだし、今も追われている事。
出来るならしばらくの間にこの場所に身を隠したい、そしてこの事を誰にも言わないで欲しいと言うのでした。

暗かった昨日と違い、日の光の中で見た男の額には確かに鋭い角が生えておりました。

娘に素性を明かした理由は、彼女の優しさへの信頼が半分、そして脅迫が半分ではありましたが、娘は元よりこれを両親にもすら言うつもりはありませんでした。


娘はこうして毎日、畑仕事やの合間や夜中、両親の目を盗んでは若者の元を訪れるようになりました。

美しく心優しく世間の狭い娘と、鬼でありながら体は小さく穏やかな男とが、恋に落ちるのにそう多くの時間はかかりませんでした。

そして数か月の間、男はこの山に留まり、そして怪我が完治した矢先、忽然と娘の前から姿を消したのでした。

その時娘の体には、新しい命が宿っていました。


こうなる事を薄々感じていた娘は、両親に事の全てを告げました。

年老いた両親はあまりの事情に戸惑いましたが、娘のために最善を尽くす事をお互いに誓いました。

こうなるとこの住まいは実に地理的都合が良く、娘の妊娠は誰にも知られる事なく穏やかな日々が流れ、ついに元気な赤ん坊が生まれました。

そして現代のような設備のないこの時代、さらに山奥の一軒家ともなれば仕方のない事、或いは「鬼との子を産む」という負担による結果かもしれません。

「夫を恨まないでほしい。子供を健やかに育ててほしい。」両親にそう伝えると、元気な男の子を残し、娘の命は失われてしまったのでした。

悲しみに暮れる間もなく両親は困り果てました。

お乳も出ない老人2人だけで生まれたばかりの赤ん坊など育てられる訳もありません。

人の世でも鬼の中でも真っ当な暮らしが出来るとは思えないこの子を、いっそここで殺してしまう方が良いのではとの考えもよぎりましたが、赤ん坊の笑顔を見るとあまりの愛らしさにそんな思いは霧散してしまうのでした。

そして、2人はある事に気づきました。
生まれたばかりの赤ん坊の口の中には、すでに立派な歯が生え揃っていたのです。

鬼の血の強さ故か、当面の2人の心配は半ば杞憂に終わりました。

赤ん坊は生まれたその日から大人と変わらぬものをよく食べ、よく眠り、常識では考えられない速さで体も心も成長していき、1月が経つ頃にはすっかり会話が出来るまでになっていました。

しかしこの子自身に両親がいない事や諸々の事情をどう伝えれば良いものか、真実を伝えるのが本当にこの子のためかと悩んだ2人は、「お前は川で拾った大きな桃から生まれた。だから名を桃太郎と付けた。よってお前を育てる自分たちを父母ではなく、あくまで祖父母と呼びなさい。」と教えました。

幼く純粋な桃太郎はこれを信じ、2人を「おじいさん」「おばあさん」と呼び慕うのでした。


そこから2年が経ち、年老いた2人ではもう追いつけない程に元気に走り回る桃太郎は、山を1人で駆け下りては麓の村の子供と遊ぶようになりました。

「桃から生まれた」と言って回る桃太郎は、最初こそホラ吹きと罵られもしましたが、母親譲りの気の優しさと、父親譲りの圧倒的な体力で、見る間に村のガキ大将に上り詰め、更に毎日大人の足でも半日かかる道のりを帰っていく桃太郎の素性を苦労して詮索する輩もおらず、麓の村では単に「不思議な子」という認識で自然と落ち着いていきました。

齢9つか10かという身体つきの桃太郎が「2歳」と名乗っても、村人はこれを意に介す様子もなく冗談と受け取るのでした。

鬼の巣にほど近いこの里は貧しく、住民が満足な教育を受けていない事も、彼らがここに疑問を抱かない理由の1つだったかもしれません。

しかしさらにまた1年が経ったある日、桃太郎の体に異変が現れました。

最初は額に小さなコブのようなものであったため、祖父母は腕白な桃太郎がどこぞでぶつけたのだと軽く考えておりましたが、徐々にこれが「角」である事に確信を得た2人はついに桃太郎にこれまでの全てを打ち明けるのでした。

この時、桃太郎の身体つきは立派な青年並みに育っており、鬼族の潜在的なものも手伝い、力の強さは常識の範疇を優に超え、そして精神的にも真実を受け入れるのに十分な成長を遂げておりました。

さすがの桃太郎も真実を知ると驚きを隠せずしばし黙り込みましたが、打ち明けたものの狼狽えるばかりの祖父母に向け、まず自分をここまで育ててくれた事、自分が不自由しないよう計らってくれた事に深々と頭を下げ、礼を言うのでした。

そしてしばらく黙り込んだ後、自分達家族3人が今後どのように平和な暮らしを手に入れるかに関する、ある提案を述べ始めました。

「私が鬼の子と分かれば、私自身は囚われるか殺されるか。いずれに人の世で真っ当に生きていく事は叶わないでしょう。そしてこれを力にものを言わせ振り切ったとて、今度はおじいさんおばあさんお2人にも在らぬ中傷や危害が及ぶ事やもしれません。
よって私はこれより、これまで誰も成し得なかった手柄を遂げ、幕府より褒美として正式にこの土地を貰い受ける事で、今後の要らぬ詮索を免れる手筈を整える事と致します。」

理屈は分からないでもないが、手柄とはどんなものであるかと尋ねる祖父母に
「私はこれより鬼の巣に参り、鬼どもを根絶やしにして参ります。」
と桃太郎は宣言しました。

そして桃太郎はこう続けます。
「しかしこれにはまず、事の前に幕府より鬼討伐の命を得る必要がありましょう。よって明日、都へと赴く事と致します。」


人間の都を取り仕切る幕府にとっても鬼の巣の存在は疎ましく、しかし難攻不落の根城と鬼自身の強さに対し、長年手をこまねいておりました。

将軍からの勅命を受けた上で鬼を討伐する事で、誰に後ろ指差される事なく平和を手に入れる作戦は、こうした背景と共に、また知人も多く暮らす麓の村々が、自分の不在時に鬼の襲撃を受け多数の被害を出すという何度か経験から発想したものでもありました。

祖父母はこの途方もない切り返しに驚くばかりでしたが、桃太郎の常人離れした能力を最も間近で見てきた事、そして「あくまで成功すれば」という前提ではあるものの、確かに人と鬼の子が平和な暮らしを手に入れるためには妥当な考えとも思えました。

そして桃太郎自身がその働きにより強さを世に轟かす事は、今後外の人間からの悪意ある干渉の抑止力となる期待も出来ると考え、我が子を危険に晒す不安は一入でありましたが、ついには渋々これを受け入れる事になりました。

旅立ちの朝、涙で見送る祖父母を温かく抱きしめると、角を祖父手製の鉄の鉢がねで隠し、腰には祖母の作った吉備団子を下げると桃太郎は颯爽と都を目指し旅に出るのでした。


しかしながら将軍とは、現状しがない山奥の青年である桃太郎がおいそれと会って話の出来る相手ではありません。

そこで桃太郎は、まず自らを「日本一の武芸者」と名乗り、その名が将軍の元に届く程の武勇伝を作り上げるべく、腕試しと称して都への道中、片端から道場破りを始めたのでした。

持ち前の剛腕と身体能力と度胸で、数件の武術・剣術道場を潰すと桃太郎の名は瞬く間に世の武芸者の間に知れ渡る事となりました。

そして「日本一」と大きく書かれた旗を背に担いで歩き、傾奇者のような派手な衣装に身を包む事で、その一目瞭然のいで立ちに道行く武芸者は桃太郎を見るや名を上げようと挑戦状を叩きつけ、この悉くを返り討ちにする事で更にその名は広く知れ渡る事になりました。


都までの道のりも半分を過ぎ、そろそろ日も落ちようかという頃、人気のない街道で、桃太郎の前に天蓋を被った1人の挑戦者が現れました。

「小僧が日本一を謳うとは気に入らぬ。」
この男の纏う異様な雰囲気を感じ取り、いつになく身構える桃太郎に挑戦者は襲い掛かります。

今まで出会ったどの武芸者よりも素早く、恐ろしく低い姿勢から放たれる独特な攻撃は鋭く、こちらの気配への反応の精度が尋常ではありません。

高く跳んで後ろへ回り込む桃太郎の動きをも即座に嗅ぎつける男の動きに、いつになく苦戦を強いられながらも「私の匂いを感じているのか。」と気づいた桃太郎。

腰に付けた吉備団子を移動時の袋をわざとポトリと落とすと、暗がりで鼻を頼りに動いていた挑戦者は、追うべき匂いが突如2つに分かれたように感じ、動きに一瞬の迷いが生まれました。

それを逃さず刀を振るうと相手の天蓋は真っ二つに落ち、挑戦者の隠されていた素顔が露わになりました。

身体つきは人でしたが、明らかになった顔は明らかに狼のそれでありました。

しかしそれを見た桃太郎は驚きもせず、相手の鼻先に突き付けた刃の切っ先をするりと鞘に納めると、自ら鉢がねを外し鬼の角を晒して見せたのでした。


桃太郎が「強さの宣伝効果」以外にこの果し合いの旅を手段として選んだもう1つの理由が、「仲間探し」でした。

如何に桃太郎が強くとも倒すべき鬼は数も多く強大であるため、強き者を旅の供とする事で勝利をより確かなものにする事は不可欠と考えられました。

そして桃太郎は自分自身に、「同じような境遇に生まれた同胞の存在の可能性」を見ていました。

あくまで憶測の域を出ない仮説ではありましたが、角が生えて以来、「もし自分が祖父母の元で育てられなかったら、人間を恨む事になっていたかもしれない。」常々そう考えていた桃太郎は、恐らく常人離れした能力を持つであろう彼らを探し出すための撒き餌となるべく、自ら必要以上に調子に乗った若者を演じていたのでした。

そして思惑通り、この男と出会う事となったのです。


さらに桃太郎の目的である「干渉されない領地を得る事」は、彼らを仲間とするための交渉にも効果を発揮しました。

男は聞けば山犬の神と人の間に生まれ、桃太郎同様に人の世では生きていけず、素顔を隠しながらを子供の頃から夜の世界を生きてきたとの事。

殺す気でかかった自分を殺すことなく制した桃太郎の強さを認め、旅の理由と目的に共感し、男は以後「イヌ」と名乗り桃太郎一行の斥候として旅の供となりました。


そして桃太郎らは着実に武勇伝を増やしつつ都に辿り着くまでの道中、更なる2人の仲間を得ました。

鋭い爪、捉えどころのない動きで木々を飛び移る「サル」。
両腕に翼を持ち、空中を自在に舞う「キジ」。
イヌに続き、彼らも人ならざるものと人との間に生まれた子であり、やはり素顔を人には見せられぬ生活を余儀なくされてきたとの事。

苦戦しながらも、いずれも一騎打ちで正々堂々打ち負かした桃太郎は、旅路の果ての勝算と、仲間との信頼をより強固なものとしていくのでした。

桃太郎以外は一様に素顔を隠す一行は、その見た目の異様さと凄まじい強さにより、より多くの挑戦者を引きつけてはその全てを返り討ちにし、更に世間の評判をさらっていき、噂がついには将軍の耳にも入る頃、都に辿り着いたのでした。


素顔を晒せぬ供の3人を街の外に待たせると、意気揚々と都の中へ歩を進める桃太郎、城へと続く大通りを歩けば往来の人々がすぐさまその風貌と風評にざわめき出し、桃太郎の周りには黒山の人だかりが。

するとそこへ、一人の侍が人波を掻き分け声をかけてきました。

「日本一の桃太郎殿とお見受けする。将軍様が貴殿に興味をお持ちだ。案内致す故、これより城へ参られよ。」

まんまと入城の機会を得た桃太郎は、難なく将軍との謁見に成功するのでした。


武器を預け謁見の間に通された桃太郎を、目の前から将軍の値踏みするような鋭い視線が射します。

「幕府の名を他所に日本一を語る豪快な痴れ者はどんな面をしているのかと思っていたが、良く見れば年端も行かぬ小僧ではないか。噂の一人歩きもここまで来ると怒りも沸かぬが、余の前まで連れて来たのだ。鼻で嗤ってただ帰すのでは芸がない。」
と、将軍が桃太郎の背後に付ける家臣の侍に目配せするが早いか、桃太郎の首にその男の腕が素早く絡みつき、、と思った次の刹那、桃太郎は身を低くしながらスッと後ろに下がると、相手の勢いを使ってふわりと投げを打ち、男の背中は音も立てず床に転がされるのでした。

投げられた侍は一瞬何が起こったのか分からぬ様子で、慌てて所在なく桃太郎の背後にもう一度回ると、合わす顔がないという表情で顔を赤くしてうつむいてしまいました。

そして桃太郎は何事もなかったかのように将軍に向き直ると、

「手前、名を桃太郎と申します。恐れ多くも将軍様、日本一を語る無礼は百も承知の上。私めのような下賤の者が将軍様にお目通りを叶えるための方便でございました。何卒お許し下さい。襖の向こうに控えられている皆様にも、そうお伝え下さいませ。」
と深々と頭を下げるのでした。

桃太郎が口にした部屋の左右後ろ三方を囲むそれぞれの襖の向こうには3人ずつ、たった今投げられたこの男の他に帯刀した侍が息を潜めて中の様子を伺っておりましたが、将軍の合図でぞろぞろと入ってくると、或いはいぶかしげに、或いは驚きの表情を浮かべつつ桃太郎を囲むように座るのでした。

「よかろう。面を上げよ。今、お前が投げ飛ばしたのは我が城の剣術指南役である。腕の程はよく分かった。して、余に会って何を望むつもりか?こやつに代わり召し抱えられようとの腹か?」
と尋ねる将軍に
「いいえ、滅相もございません。此度は私、鬼の巣の鬼どもの討伐の命を頂きたくはるばる北の山奥より参じた次第でございます。」
と即座に応える桃太郎。

将軍の眉がピクリと動きました。
「鬼とな。。」

「いかにも。私目は鬼の巣にほど近い山奥の生まれでございます。近隣の貧しい村々への鬼による被害は止む事無く続いております。いずれは我が親類縁者にも被害が及ぶ事でしょう。」
と桃太郎。

ふむ、と将軍は首をかしげると、
「一向に鬼への対応を期待出来ぬ我が幕府への不満ではなく、自ら討伐に赴くを目的と申すか。ならば命令など無くとも勝手に行くが良かろう。それをわざわざ故郷を空けてここまで参ったという事はどういう了見か?と聞いておる。」

「将軍様におかれましては私の謀などお見通しのようで。」
「前置きは良い。申してみよ。」
「鬼討伐の暁には、故郷の山を1つ、我が領土として賜りたく存じます。」

将軍の表情を少しゆるめ
「ようやく本音が出たか。しかし我が幕府も長年手を焼いてきた鬼退治ともなればもっと大きな褒美を欲しがりそうなものを、その程度で良いと申すか?」
「はい。私自身、鬼には積年の恨みもございます。そしてあくまで事を成す私と仲間3名はともに下賤の出。我々にとっては十分すぎる褒美にございます。また幕府方には一切の被害を出さぬ事をお約束致します。」と桃太郎。

「はっはっは、面白い。随分都合の良い事を申すではないか。憎き鬼の討伐に、幕府は一切の危険を冒すことなく田舎の山1つ差し出すだけで良いと。そして何より、たった4人で鬼を根絶やしにするとな。」
「恐れながら将軍様。お目汚しになりますゆえ街の外に待たせておりますが、いずれも比類なき剛の者にございます。鬼討伐の際には拙者に劣らぬ働きをお約束致します。」
将軍の嘲笑に対し、桃太郎は真剣なまなざしで応えます。

上を向いて笑っていた将軍ですが、また鋭い視線を桃太郎に戻すと
「将軍を相手にかような小僧がここまでの啖呵を切るとは恐れ入ったぞ。しかし貴様らがしくじれば、鬼どもによる復讐の危険も考えられる。人間相手ならいざ知らず、鬼相手ともなればもう少し保証が欲しいところよ。さて、者ども、このホラ吹きを斬り捨てい!」

将軍の号令と共に場に控える10人の侍が一斉に抜刀し、嵐のように桃太郎に斬りかかりました。

そしてものの数秒の後、床には素手の桃太郎により無傷で制圧され、気を失った10人の侍が横たわっていました。

桃太郎は息1つ乱す事なく、また両手を床に付き深く首を垂れると
「私めに何卒、鬼討伐の命をお授け下さいませ。」
と静かに言いました。

「天晴じゃ。あい分かった。桃太郎よ、将軍の名においてそちに鬼討伐の命を与える。成功の暁には何なりと褒美を取らす。心して励むが良い!」
「ありがたき幸せ!見事鬼どもを打ち倒して御覧に入れます!」
頭を下げたままの桃太郎を見下ろつつ、将軍は立ち上がると部屋を後にしました。

後ろ手に襖を閉める将軍の手の平は、汗でじっとりと濡れておりました。


念願叶って将軍からの命を授かり城を後にした桃太郎、改めて町の外で待つ3人の仲間と合流し、ついに鬼の巣へと歩を進めるのでした。

はるばる来た街道を足早に戻り、山を越え谷を渡り、幾日もかけてついに鬼の巣こと、人呼んで「鬼ヶ島」を望む海岸へ辿り着きました。

絶海の孤島である鬼ヶ島は、翼のあるキジ以外は船で移動する必要があるため素早い動きも木々に隠れる事も適いません。

鬼の討伐に先立ち、まずは鬼ヶ島への上陸自体が一筋縄ではいきそうにありませんでした。

そこで一行はしばらく身を隠せる海岸の高台に留まり、様子を伺いながら作戦を練る事にしました。

桃太郎・イヌ・サルの人は沿岸の茂みから遠眼鏡で様子を伺い、キジは暗くなる時間を見計らい空中からの偵察を繰り返した結果、鬼達は夜な夜な酒盛りをしており、夜半過ぎにはあらかた酔いつぶれて眠りこけているという事が分かりました。

そして、島は反対側に回り込めば何もない断崖絶壁となっており、ここには鬼も滅多には寄り付かないため、船で真下まで漕ぎ着けキジの翼を使えば侵入は可能との結論に至りました。

更に、天敵のいない鬼は島の外周に見張りを立てる事すらしておらず、運悪く狩りに出かける拍子に鉢合わせでもしない限り、夜間であれば接近自体は難しくないものと思われました。

そこで桃太郎一行は、念には念を入れて新月を待ち、ついに鬼ヶ島への討ち入りを決行に移しました。


その夜の波は穏やかで、4人は難なく島の裏手に漕ぎつけました。

イヌの鼻によると近くに鬼の気配はなく、さらにここからでも分かるくらいの酒の香りが漂っているとの事で、遠くから鬼達の笑い声や歌が聞こえてきます。

キジが紐で3人を1人ずつ紐で括って崖を登り、桃太郎達は鬼の根城の間近に迫りました。

サルが近くの木の上からそっと覗き込むと、案の定、岩山に囲まれ大きく開かれた宴の広場で鬼達は酒盛りの真っ最中。

しかしざっと見渡しただけでも優に百を超える鬼の数に、さすがの桃太郎達も息を飲み、やはり慎重に事を進めた判断は正しかったと確信を深めると供に、最後の決意をするのでした。

浴びるように酒を飲む鬼達を尻目に、桃太郎達は上陸に使った体力の回復を計りつつ、息を潜め攻め込む好機を待ちました。

数刻が経ち、鬼の大半が酔いつぶれて眠ってしまい酒宴のたいまつが消される頃、桃太郎達は影に紛れ風のように広場に分け入り、だらしなく眠る鬼を端から順に一突きで仕留めていきます。

鬼達は、仲間が1人、また1人と減っている事にしばらく気づかず、鬼の1人が闇にうごめく何者かの存在を気取るまで、実にその半数を失っておりました。

「侵入者じゃ!人間じゃ!人間が攻め込んで来たぞ!貴様ら、起きて戦え!!」
その叫びで眠っていた鬼も目を覚まし、辛くも眠らずにいたものは武器を手に取り襲い掛かってきましたが、またその殆どが千鳥足。

イヌは鬼の巨体を逆手に取り足元から崩し、サルは地形を問わぬ変幻自在の動きで翻弄し、キジの頭上からの攻撃は反撃を許さず、桃太郎は真っ向勝負で鬼を斬り刻んでいくのでした。

「この人間ども、強いぞ!」
今まで捕食の対象でしかなかった人間に次々と仲間を倒され、鬼は怒り以上に困惑し、その迷いに乗じて桃太郎一行は一気に攻勢に出ます。

目にも止まらぬ桃太郎の速さに付いてゆけず、鬼は金棒を振りかぶった先から刀の餌食となっていきます。


しかし圧倒的に見えた一行の快進撃が続くも、体力の限界にそもそもの体格差、数の差、そして酒宴に参加していなかった鬼が騒ぎを聞きつけ広場に雪崩れ込んで来た事で戦況は一変しました。

そして元来、鬼は人間以上に賢い種族。

かつて向こうから攻め入られた経験のなさによる油断と、酒が薄らいでくれば力の差はなくなります。

イヌは踏みつけられ、サルは平らな地形に誘い込まれ、キジには投石、桃太郎には数で囲み、打って変わって追い詰められていく仲間達。

桃太郎が執念で囲みを突破し、残るは鬼の大将のみという所まで辿り着いた時、イヌ、サル、キジの仲間達は既に血まみれで倒れ伏していました。

桃太郎も満身創痍、左腕は既に金棒の一撃を食らい上がらぬようになり、今となっては追い詰められたのはどちらか分からぬ状況となっておりました。


そして、それまで高みの見物を決め込んでいた鬼の大将が桃太郎の前に立ち、口を開きました。

「盛大に暴れてくれたな人間よ。負けたこ奴らの不甲斐無さにも怒りはあるが、貴様はもはや生きては帰さぬ。
そして今まで食料として生かしておいた里の人間どもも、残らず殺してくれる!」

言うが早いか鬼の大将は桃太郎に向けて渾身の一撃を繰り出しました。

いざ至近距離で向き合うと、鬼の大将の体はその他の鬼の倍はあるかという大きさ、手にする金棒も倍の大きさともなれば、さしもの桃太郎ですら、まして片腕による刀で受け切る事など出来ようはずがありません。

かろうじてかわすと、金棒の振り下ろされた地面が粉々に砕け散りました。

そして防戦一方の桃太郎の頭上に次々と金棒が連続で振り下ろされます。

何とか掻い潜るも、鬼の大将を中心の輪のように地面の凹みがぐるりと囲み、攻め込む足場も奪われる桃太郎。

その時、動けぬものと思われていたイヌが、鬼の後方から足首に咬みつきました。

見下ろした鬼の隙を見逃さず、金棒を伝ってサルが一気に駆け上がりついに鬼の手に深々と小刀を刺したため、鬼の手からがらんと金棒が落ちました。

そして鬼の頭上から、キジが最後の羽ばたきで鬼の片目に一撃を入れました。

鬼は怒りの咆哮と共にイヌとサルを一掴みでキジに投げ付け、3人が気を失うと同時に、この好機を逃さず桃太郎は背後から一跳びに距離を詰めます。

負傷し、金棒と視界の一部を失った鬼は振り向きざま、桃太郎に向け闇雲に腕を振るうと、偶然にもその指先が桃太郎をかすめ、鉢がねが弾け飛びました。

そして改めて桃太郎の顔を視界に捉えた鬼の動きが、驚きに一瞬止まります。
「貴様は!」

思えば鬼は、立ち会った瞬間からこの人間の顔に何か妙な違和感を覚えていた気がしました。

そしてその角を確認した時、かつてここから逃げ出した、自分とは反対に小さく生まれた醜く気の弱い弟の顔が浮かんだのです。

「何者、、?」
呟くように漏れ出た鬼の言葉の終わりを待たず、桃太郎の最後の一突きが鬼の心臓を貫き、鬼は目を見開いたまま真後ろに倒れました。

「日本一の、、桃太郎。」
鬼を見下ろし、最期の問いにそう応えると、桃太郎は踵を返して負傷した仲間の元に駆け寄るのでした。

幸い仲間は皆、大怪我を負いながらも何とか一命を取り留めており、ついに悲願であった一行は鬼の討伐に成功したのでした。



鬼の社会には貨幣の概念はありませんでしたが、彼らは人間の里から米や酒だけでなく、金銀財宝をも奪い島の奥に貯め込んでおりました。

1度に全てを持ち帰る事は出来ませんが、桃太郎達は鬼にこれまで搾取されてきた地域の村々を回り、時間はかかってもこれを出来るだけ返していこうと考え、一旦持てるだけの宝を積み込むと鬼ヶ島を後にしました。

一様に疲れと痛みで意識を保つのが精いっぱいの彼らでしたが、目的を果たした今、皆穏やかな表情で戦いの終わりを喜び合うのでした。

「まずはこの宝を返し終えたら、改めて将軍様への報告をしよう。」


こうして桃太郎達は、都へと凱旋の途につくのでした。

将軍の呼びかけにより、幕府の大軍勢が「鬼を滅ぼした怪物」の襲来を今や遅しと待ち構える都へ。