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いい日旅立ち、めざせメキシコ【奇想旅行記メヒコ#1】

1.奇想旅行記事始

おいおい、もう8年も前のことじゃないか。

手持ち無沙汰に昔行ったメキシコ旅行の写真を見返して思わず硬直。だけどもなにより度肝を抜くのは旅先で切り取ったイメージの奇怪さ、不気味さ、滑稽さ、鮮やかさ・・・日本にいては想像もできない奇妙で魅力的な物ばかりだ。

ここ最近は世間のピリピリをいやでも感じるし、なんだかどうしても自分の行動範囲が狭くなってしまっている。ここはいっちょ昔の写真でも眺めながらもう一度記憶の旅に出よう。目もくらむイメージで時代の閉塞感にひびを入れよう。そんなことを思って筆をとるわけであります。

2.旅の病にうかされて

当時学部の3年生だったぼくは、絵描きのF先生が主催する子供向けの絵画教室でバイトをしていた。絵画教室のバイトといっても道具を出したり片づけたり、こどもの話し相手をしたりとずいぶん気楽だった。F先生は絵描きで美術品の収集、貸付なんかもやっていたから、制作の手伝い、作品の梱包、ギャラリーの展示替えなんかもやった。ある日作業の合間にお茶を飲みながら、F先生が細い目をさらに細くしてこう言った。「センセ、メキシコはいいよお。メキシコに行くとね。どんな画家も描く絵が変わってしまうとよ・・・・・・」


いったいどんなところだろう。世界中を旅したF先生にここまで語らせる国。まるで三蔵法師にとってのガンダーラだ。こどものころ読んだ絵本『ファンが悪魔をつかまえた』に描かれた白黒のメキシコの荒野が、なんだか頭の中で燻りだしていた。何より旅がしてみたい。観光でなく旅が。自分の存在をかけて見知らぬ土地を踏みしめてみたかった。

ひきはじめの旅の病をいよいよ拗らせたぼくは、ほどなくしてメキシコ行きの航空券を、冷や汗をかきながらポチった。ネットでメキシコを調べると、かの地では凶悪なギャングが血で血を洗う残酷な抗争を繰り広げ、おかまいなしに市民を巻き込んでいるらしい。外務省も「あんまり行かんがいいですよ」と言っている。正直びびっていた。でもそうはいっても後の祭り。だってポチってしまったんだもの。

3.後は野となれ山となれときたもんだ

チケットを買ってしまえば旅立ちはあっけなくやってきた。この日のために用意した40ℓのリュックになけなしの荷物を詰め込む。「ナイフ、ランプかばんに詰め込んで」じゃないけれど、気分はもう大冒険だ。とはいったものの最初に目指すのは地元の宮崎空港。なんだか張り合いがない。旅程は宮崎→東京→ロサンゼルス→メキシコシティ。格安の航空券だから乗り継ぎが多い。まあこれも旅の味わいってことで。

羽田行の搭乗口で、偶然にも大学の同級生Kと鉢合わせる。「おお・・・」とか言ってお互いなんだかよそよそしい。「メキシコ行くっちゃわ」と言ってもKの野郎、「へえ」っつって眉一つ動かしやがらぬ。肝のすわったやつ。Kとしゃべっていて重大なことに気づいた。今まで旅程を宮崎→羽田→そのままロスと思いこんでいたのだが、どうやら宮崎→羽田→成田はさんでロスだったみたいだ。やべっ!危ねっ!メキシコ行けんとこやったが。ありがとねK。

4.ミッション

やっとこさ成田に着くとチケットを受け付けのお姉さんに見せる。パソコンの画面とチケットを照らし合わせるお姉さんの表情が硬い。嫌な予感。そして案の定トラブル。どうやらビザが取れていないのでこのままだと入国できないらしい。9.11以来、アメリカはめちゃくちゃ入国に厳しい国になっていて、例え乗り継ぎであろうとも、一歩でもアメリカの土を踏まんとするやつは例外なくビザを取らないといけないのだそう。嗚呼、ここで終わるか一人旅。ところがどっこい、そこのロビーに10分100円のレンタルパソコンがあるから、ネットで手続してビザを取ってくださいとのこと。詐欺の地雷サイトもあるから気を付けてね、だって。

急いでパソコンに走って100円を入れる。タイムリミットまであと30分。サイトを探して必要な情報を入力していく。地雷サイトじゃないかどうかはもう信じるしかない。手が震えている。妙なところから冷たいんだか熱いんだかわからない汗が染み出す。広いロビーのどこかでブラスバンドが演奏しているらしく、どこからかマジにミッションインポッシブルのテーマが流れてくる。ぼくはCIAのメインコンピューターにハッキングしようってんじゃないんです。ただおたくの国のビザが欲しいだけなんです。ビザが・・・。「よーしイイ子だ・・・ちくしょう!やっぱりダメだ!」的な丁々発止をパソコンと繰り広げ、三枚目の100円でどうにか受付に駆け込む。「取れてますね」の一言にじんわりと安堵が広がった。

次回予告

国を出ないうちから旅音痴ぶりを遺憾なく発揮してしまっているぼくですが、次回いよいよメキシコ入りです。ご期待ください。


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