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海外に興味を持つようになったきっかけ

こんにちは!tairikuです。

本日は僕は海外に興味を持つようになったきっかけについてお話ししようと思います。

時は遡り2007年。当時、父親が20年以上勤めていた会社を退職し起業を決意、中国の大連という都市で飲食業を開くことになりました。

当然私たち家族は旅行もかねて、小学5年生の僕にとっての初海外旅行として大連を訪問したのでした。

当時の大連(2007年頃)はこれから発展が見込まれる成長中の都市。高層ビルやモールが続々と建設されている一方で、昔からの市場が変わらず残っているようなそんな場所でした。

トラックの荷台に大量に積まれた犬達及び屠殺現場を市場で見たり、モールの従業員倉庫にある裏ビデオ屋さんに行ったり、日本では見ることのなかった光景を多く目の当たりにして非常に刺激的な旅行だったと思います。

そんな中でも今でも記憶に残っていることがあります。それは大連滞在中に散歩していた頃に偶然見かけた少年の物乞いです。

当時大連は冬。大連の冬は-2℃まで下がるような極寒。当時の僕も相当着込んでいた記憶があります。そんな中を散歩していると少年がダンボールにうずくまっているのを見つけました。

よく見てみるとその子の身体は僕より小さく、見た目も幼く見えました。そんな男の子が寒空の下タンクトップ一枚でダンボールの中で座っている光景は当時の僕にとって大きな驚きでした。

何よりも衝撃だったのがその子の片足と片腕がなかったこと。そしてそれは生まれつきというよりまるで切られたようにすっぱりと無くなっていました。

気になったことはすぐに聞く性格の僕は隣にいた父の知人で中国に長く住むおじさんに疑問をぶつけてみました。するとおじさんは、中国では生まれた時にいらないと判断されると人に売られること。物乞いを統括する組織があり、そこに売られた赤子はより見た目をみすぼらしくしてお金を集められるように目を潰したり腕や足を切られたりすること。を教えてくれました。

そして小学五年生の僕は子供ながらに、自分の生活(1日3食風呂布団がある)で生きていけたことは場所によって当たり前ではないこと。生まれた場所によって自分の生き方が大きく左右されるということを漠然と感じました。

今この歳になって振り返って見ると自分が海外に興味を持った原点はあの経験にあるのではないかなと思います。あの経験があったから今も僕は海外にいるのではないかなーと。

あえてエピソードの詳細は省き端的にお話しさせていただきましたが、この話を通して僕が伝えたいことは、小学五年生の俺すげーとか、中国やべーとか。ではなく、海外に行くことがあなたにどんな影響を与えるのかは行ってみないとわからない。ということなんです。(わかりづらくてすみません。笑)

僕の原点になった経験は偶々行った公園で偶然見かけた光景。見ようと思ってみたものではありません。同様に、海外に行った際に思いがけない出来事や事象が自分の心の琴線に触れてその後の価値観に大きく影響することは往々にしてあると思います。

なので結論、海外に行きたいと思ってるけどもその先のことがわからない。という人もまずは行ってみていろんなものに触れてみたらいいんじゃないでしょうか?ということを僕は声を大にして言いたいです!!!それが伝えたくて今この記事を書いてます!

海外行っていいことなかった。ってことはあんまりないんじゃないかなーって思います。もしそんな方がいた場合はコメントいただけると嬉しいです。笑

それでは今日も最後までお読みいただきありがとうございました!
また次回!





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