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北海道出張ふりかえり書き殴り#1

北海道出張の振り返りを紙とペンでやっていたのだけれど、終わりが見えないのでそのままnoteを書きながらやっていこうと思い立ち、エディタを開きました。書きながら考えていく過程をそのまま置いておくので、多少読みにくい部分や前提が掴みにくい部分もあるとは思います。書き手の僕も何を書くか正直わかってないので、思考の跡を一緒に辿ってくれたら。日頃僕はこんな感じで自分に起こった出来事を深掘りして消化してます。



北海道出張について考えていく。楽しかった、とにかく楽しかった。何が楽しかったのかというと、旅そのものが楽しかったのもあるが、旅の前も楽しく、旅の後の今も現在進行形で楽しい。


6月のほとんどは北海道のことを考えながら過ごした。北海道にいるときはもちろん北海道のことを考えて過ごした。7月になって帰ってきてから今に至るまで、北海道のことを考えて過ごしている。


九州の7月は暑い。車の温度計は37度を示している。暑い、と思うたびに十勝の生肉屋の前で若鶏を焼いていたおじさんたちを思い出す。今日は暑いよ、やってられないよ。そうか、これがやってられない気温なのか。自分の生きている場所とは全く常識が違う世界にいることに興奮を覚える。


そういえば去年の冬に北海道から来客があったとき、九州の人間が寒寒いと凍える雨の日を「こんなの春じゃん」と薄着で笑っていたことも一緒に思い出した。暑い、と感じるだけで12月の来客のことまで思い出すから大変だ。頭の中が忙しい。これが「旅から帰ってきても楽しい」の正体であるように思う。


畑に埋まった芋をずるずると引き出すように、頭の中から記憶が引き出されていく。暑ければ「北海度は涼しかった」腹が減れば「北海道は何を食っても美味かった」冷蔵庫の中を開ければ大量の土産を見て思い出す。北海道がずるずるしている。楽しいと感じる。なぜなのか。


そういえば僕はこんな感じで「あれをみるとこれを思い出す」という瞬間に楽しいと感じることが多い気がする。感傷に浸る、という感覚が近いか。傷を感じる人書いて感傷。傷、というと痛みを連想させるが、必ずしもネガティブなニュアンスだけがそうではない気がする。


塗装が乗りやすいようにやすりで削る、あとで見てわかりやすいようにマーキングをするなど、何かを破壊する意図がなくても「ひっかかり」「とっかかり」という意味でもあるのかもしれない。北海道を旅することでひっかかりをたくさん作ることができた。だから思い出して楽しくなるのかもしれない。旅とは傷を作ること、と言えるかも。しらんけど


書きたいことを書き殴るが今回のテーマなので、脈絡なく話を飛ばす。北海道はとにかく飯が美味かった。そのへんで売られているソフトクリームひとつひとつが「九州でこんなの売ってたら行列できちゃいますよ」と思うくらいうまい。それを「こんなに美味しいですよ!!」と言わずに「ソフトクリーム?あるよ?」くらいの温度感で置いているところも含めて美味しい。


道民が騒いでいない感じというか、別に道民の皆様に直接聞いたわけじゃないけど、「道が広い?そうですね広いですね」「景色が綺麗?まあ綺麗ですよね」 この温度感がたまらなく面白かった。「金(きん)なんてその辺に転がってるから欲しいなら勝手に拾ってどうぞ」みたいな感じ。全然騒いでない。落ち着いている。これが北海道という場所のすごさなんだと思った。土地が違えば人の性質も違うのだと思った。


「住んでいる土地が広いと贈与の循環が遅くなる」と何かの本で読んだことがある。狭い社会で生きていると「私がこれだけしてあげたからあなたも何かをしてください」とお返しを期待する時間軸が短くなる。田舎社会のしがらみが強い感じ、というと近いかもしれない。一期一会の出会いが多いということは、目の前の人に親切にしてもその人から何かリターンを得る確率は低い。が、誰かに与えたら回り回って誰かから帰ってくる。この「回り回って」という部分が住んでいる土地の広さに影響するんじゃないか、ということを考えた。


もちろん北海道に住んだわけでもないのでその土地の人の生活や実際の人間関係を知ることはできないけれど、なんとなくそこにいる人たちのコミュニケーションの取り方を見ていると、「踏み込まずだからといって突き放さず」の感じが九州の人とは少し違う気がした。


もちろん人間関係の取り方には個人差があるし、「北海道の人だから」「九州の人だから」というくくりで分類することはできないけれど、日常的に行なっているコミュニケーションの平均値がどのあたりにあるのか、というのはコーチングをする上でも非常に参考になるデータである。


コーチである自分が感じたクライアントさんのコミュニケーションスタイルが「土地柄」によるものなのか「個性」によるものなのか。一概にどちらか?と断定することはできないけれど。実際に住んでいる土地に乗り込んでみないとわからないことは確実にあるので、これは面白い発見だったな。


可能であればクライアントさん全員の「日頃生活している社会のコミュニケーション基準」は知りたい。もちろんそんなことはできないからクライアントさんの話から推測することしかできないのだけれど、自分の経験値が溜まっていくとなんとなく地域ごとの特性は頭に入るようになる。こういうところに面白みを感じるんだよな。北海道のデータがすこしだけ手に入った。


まだまだ粗いけど、いく前よりはかなり解像度は上がったはずだ。コーチにとってわざわざ出向いて土地の空気を感じることの重要性はここにある。クライアントさんと話をしただけではわからない「背景」を感じることができる。


よし、この辺でいったん休憩にしよう。また気が向いたらvol2として続きを書こうと思う。書かないかもしれない。それでは。



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