ヒット曲の『三種の神器』-RADWIMPSを子供が口ずさむ
玉置浩二のアシスタントディレクターからキャリアをスタート。高橋洋子、Akeboshi、SCANDAL、CECILなど多数の作品を残し、自身も作詞、作曲、編曲、ミュージシャンを兼任しながら、音楽出版社やスタジオ経営まで、豊富なエピソードを交えて語る、音楽クリエイターとパフォーマーのためのヒントコラムです
※この記事は2020年9月29日にFacebookグループ「大平塾」に投稿された内容を一部編集して転載しています。
ヒット曲『三種の神器』とは
前回まで3回にわたって「ひとり歩きするヒット曲の作り方」というタイトルで、多くのヒット曲に隠れているメロディや歌詞の不思議な共通点について書きました。まとめてみますと
①ヨナヌキメロディ/なぜか覚えやすい音階の不思議
②弱起/インパクト大!言葉やメロディが飛び込んでくる
③客観描写/目に浮かぶ描写が人の心に感動をもたらす
改めて、たった3つなのであります。
読者のなかには作詞や作曲をされている方が多くいらっしゃると思います、人によっては釈迦に説法かもしれません。でもこのいたって単純な3つのワザ、いわばヒット曲の『三種の神器』を理解して、ぜひみなさんの創作活動に役立ててほしいと思います。必ず違いを実感して、面白い気づきが得られることをお約束します。
名曲の作り方ではなく、統計的な事実
改めて説明しておきたいのは、この『三種の神器』は音楽の良し悪しとは関係がないということです。矛盾と思うかもしれませんが、ヨナヌキの音階を使えば良いメロディとか、客観描写を取り入れれば優れた歌詞になる、ということではありません。音楽作品の魅力はメロディや歌声といった比較的捉えやすい素材の特徴から、無数に複雑な要素が絡み合って成り立っていて、しかもそれをどう感じるかという聞き手の心に大きく左右されます。
人による評価や好き嫌いを超えて、いつのまにか誰もが知るものになり、長い年月が過ぎても忘れられることなく残り続ける。そういう音楽の多くに不思議な共通点があるとしたら、興味ありますよね。
言わばこの『三種の神器』は聞き手の潜在意識にアクセスするための心理的手法です。僕たちは音楽を聴いている時にいちいちこれはヨナヌキだとか弱起だ、などと意識しません。でも、ヨナヌキや弱起はそうでないメロディと比べるとなぜか覚えやすく、言葉の客観描写は感情のドアを開き、人生の記憶と結びついて聞き手を感動へと導きます。
これは統計的な事実であって、作品の評価とは関係ないのです。『三種の神器』に全く当てはまらない名曲も存在しますし、その中には僕が好きな曲もたくさんあります。
しかしながらこの統計的な事実を利用できれば、自作の曲が例えば「上を向いて歩こう」みたいに何十年にもわたって人の心を捉える可能性を、今よりも上げられるかも知れない。そんな実験だと捉えてもらえたら嬉しいです。
そこで、今日は『三種の神器』のひとつを備えているヒット曲の話をしたいと思います。
8歳の息子が口ずさむロック
ところで私事ですが、我が家には3人の息子がいて彼らがどんな音楽を聴いたりしているかを時々観察しています。小3の末っ子が最近よく口ずさんでいるのがRADWIMPSの「なんでもないや」という曲でした。
「なんでもないや」は2016年に公開されたアニメ映画「君の名は」のエンディングに流れる、同映画の4つの主題歌のひとつです。映画のヒットとともに映画のすべての音楽を手がけたRADWIMPSのサウンドトラックアルバムも大ヒットし、メイン主題歌の「前前前世」はその年を代表するヒット曲としてご存知の方も多いかと思います。
「君の名は」が公開された2016年に末っ子は幼稚園年中で、おそらく映画には触れていません。なので、最近彼が「なんでもないや」を知るきっかけはYoutubeで誰かがカバーしているのを見たとか、映画とは別の場所でキャッチしているはずです。
「なんでもないや」の分析
「なんでもないや」はメロディ構成としては、Aメロ、Bメロ、サビの3パートと1回だけ出てくるDメロから成るJ-POPでは最もオーソドックスな構成です。
まず三種の神器のヨナヌキメロディについて調べてみます。この曲のキーはG♭メジャーです。Dメロだけ転調してD♭メジャーになりますが、その後の最後のサビでまたG♭メジャーに戻り、その後の繰り返し部分で半音転調して終わります。まずAメロは
二人の間 通り過ぎた風は
どこから寂しさを運んできたの
この2行のメロディが基本になりますが、これを譜面にして階名(G♭をドにしたもの)も書いてみます
こんな感じで、1行目に1回だけシが出てきますね、「通り過ぎた」の「ぎ」です。
この後続いて繰り返されるA'メロや同じく2番のAメロでは言葉による微妙な違いがあれど、基本はこのメロディのバリエーションです。2行ごとに1回または2回「シ」が出てきます。
Bメロはどうでしょう。
もう少しだけでいい あと少しだけでいい
もう少しだけでいいから
もう少しだけでいい あと少しだけでいい
もう少しだけくっついていようか
譜面を割愛しますが、Bメロにはファとシは一回も出てきません。
では、サビはどうでしょう。
サビにも一回もファとシは出てきませんでした。
そして、転調したDメロにも、もちろん最後のサビ、さらに繰り返すサビも最後まで、ファとシ、つまり4と7は一回も出てこないのです。
「なんでもないや」はヨナヌキメロディであることがわかります。Aメロに一瞬出てくるシは「経過音」と呼ぶメロディとして重要ではない音、あるいはこの曲の始まりに少しだけ憂というか、切なさを加える効果をもたらしています。
では次に「なんでもないや」の弱起について調べてみます。
弱起かどうかを調べる簡単な方法は、曲に合わせて手か指で4拍子を叩きます。「なんでもないや」のようにテンポが遅い曲なら8分音符刻みがいいでしょう。
それを4拍ずつ右手、左手の順で交互に叩きます。右手が常に奇数小節(奇数半小節)で左手は常に偶数小節(偶数半小節)になります。メロディの出だしが右手で叩いている間のどこかであれば弱起ではありません。でもそれが左手を叩いている間で始まっていたら、弱起ということになります。楽譜にしてみるともっとわかりやすいのですがここでは割愛します。
やってみるとわかりますが「なんでもないや」はBメロだけがまあまあ弱起です。「もう少しだけでいい」の「もう」が左手の4拍目から始まっています。それ以外のAメロ、サビ、Dメロはすべて右手すなわち奇数小節からメロディがスタートしているのです。
「なんでもないや」は三種の神器の「弱起」をほとんど使っていませんでした。
最後に歌詞について客観描写と言えるポイントがあるかどうか見てみます。
しいて言えばDメロに出てくる「夏休み」とか「サンタ」は映像的なものを想起させますし、サビの「かくれんぼ はぐれっこ」も聴き手の記憶の鍵に触れます。でもそれ以外はどちらかと言えば、主観描写が多いと言えるでしょう。
結果として「なんでもないや」は三種の神器の①ヨナヌキメロディだけが効果的に使われていますが、他の2つにはあてはまりませんでした。
ヨナヌキメロディの特徴は覚えやすさです。一方、弱起は耳に飛び込んでくる勢いとか言葉の強さ、そして客観描写は聞き手の記憶の扉を開ける鍵。これら3つのバランスをどう組み合わせるかで、曲の性格が変わります。
『三種の神器』の使い分けの効果
「なんでもないや」のように、純粋で切ない願いのような感情を、少し孤独な気持ちで味わえる曲にするには弱起はあまり似合いません。逆にこの曲のサビのように奇数小節の2拍目から歌がオケに遅れて始まるようなメロディは、心の中の遠くて弱い部分を現わすのに適しています。実際聴いていてそういう気持ちになります。ジョンレノンの「イマジン」なんてまさにそんな曲ですね。
歌詞の客観描写については、上記のような切々と孤独の奥の独り言のような表現にしたい場合は、みんなで楽しんで歌ってほしいとかいう娯楽性よりも、一人の時にそっと聴いてね、という優しさを伝えたかったりするので、主観でも客観でもないような言葉のほうが似合います。
でも、実はこの曲の最後のサビに1回だけ出てくる「なんでもないや やっぱりなんでもないや 今から行くよ」、タイトルの「なんでもないや」に「やっぱり」が付いたセリフが、一気に世界をポジティブな景色に変えていく様の描き方は見事です。「なんでもないや」という独り言が客観描写だと言えるのかもしれません。
「前前前世」は完全な弱起とヨナヌキの爆発
映画「君の名は」のメインテーマ曲「前前前世」は、やはり少し孤独をまとったAメロに、僕は「捨てメロ」と呼ぶ、さぁくるぞくるぞ〜と聞き手の期待を持ち上げて我慢させる、言わばジェットコースターが斜面を頂点に上り詰める直前のような、シとファが多く出てくるBメロを経て、爆発的な弱起と100%ヨナヌキのサビへ突入します。鳥肌が立つ瞬間です。
「三種の神器」などという大げさな言い方をしましたが、ほとんどの人が気にしていない、ヒット曲の拡散力の不思議。ヨナヌキメロディ、弱起、客観描写のたった3つを是非、みなさんの創作のヒントとして実践してみてください。
次回は最近の体験の中から、三種の神器をヒントに生まれた具体的な作品や、その曲に対する聴いた人の反応などを交えて書いてみようと思います。
追記
今は9歳になった末っ子と、今日お風呂に入っている時に聞いてみました
僕:まえに「なんでもないや」よく歌ってたけど、どこで覚えたの?
息子:う〜ん、、、わすれた
僕:あの歌は「君の名は」っていうアニメ映画の曲なんだよ
息子:ふーん、そうなんだ
僕:「前前前世」って歌あるじゃん
息子:うん、しってるよ
僕:あれと同じ人なんだよ
息子:ふーん、そうなんだ
僕:「なんでもないや」いい歌だよな
息子:うん、すき
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