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ひとり歩きするヒット曲の作り方①ヨナヌキメロディ

玉置浩二のアシスタントディレクターからキャリアをスタート。高橋洋子、Akeboshi、SCANDAL、CECILなど多数の作品を残し、自身も作詞、作曲、編曲、ミュージシャンを兼任しながら、音楽出版社やスタジオ経営まで、豊富なエピソードを交えて語る、音楽クリエイターとパフォーマーのためのヒントコラムです

※この記事は2020年7月15日にFacebookグループ「大平塾」に投稿された内容を一部編集して転載しています。

ポピュラー音楽のひとり歩きヒットとは

「音楽のひとり歩きヒット」とは、例えばドラマやアニメの主題歌だとか、レコード会社のイチオシ大量広告だとかの、外的要因によってCDがヒットするのではなく、想定以上に、極端に言えば何もしなくても勝手に曲が拡散されて売れていってしまう現象のことを言います。今の言葉だと「バズる」ですね。しかも、こういう売れ方をしたヒット曲の多くは息が永く、20年後、30年後も繰り返しチャートに入って来たり、いろいろな人にカバーされて世代を超えて歌い継がれていったりします。アーティストはもちろん、作家やレコード会社にとってもこれ以上嬉しい成功はありませんよね。そんな曲はどうしたら作れるのか、というヒントをこれから話します。

瑛人の「香水」

先日、テレビでFNS歌謡祭2020を見ていました。
その中で、これぞ「ひとり歩きヒット」の実例と言える曲があったので、今日はそれを題材にして話をしたいと思います。その曲とは瑛人さんの「香水」です。実は僕はその番組で初めて聞いたのですが、知っている人は多いでしょう、僕も久しぶりに見る「ひとり歩きしたヒット曲」でした。

ウィキペディアによると、この「香水」は2019年4月に瑛人という新人シンガーソングライターのファースト音源として配信リリースされましたが、当時は売れなかった。それが2020年に入って動画サイトから火がつき、あれよあれよという間に各種チャートの1位になったというわけです。

テレビで見た瑛人さんは、まだ初々しさが残る好青年。ギターを弾きながら歌いますが、歌も演奏もまだ固い、本当につい最近まで普通のアマチュアミュージシャンだったという印象でした。では、なぜこの「香水」が発売から1年も経ってヒットチャートを席巻しているのでしょうか?

みなさん「ヨナヌキメロディ」という言葉を知っていますか?

この「香水」みたいに、無名の地位からじわじわと上り詰め、発売元や作作家、シンガーの予想を超えて、ずーっとチャートに居座り続けるヒット曲が時々登場しますが、その多くにこの「ヨナヌキメロディ」が隠れています。

そもそも、曲はどうやってひとり歩きするのでしょう。
「音」がひとりで歩くわけがないので、これは人の記憶が伝播していく現象と捉えることができます。

例えば、ある曲を偶然聞いた人が次の日もその曲を覚えている、あるいは、今初めて聞いた瞬間に覚えてサビが口ずさめる。その誰かが口ずさんでいるのを隣で偶然聞いた人が、そのメロディをまた覚えてしまう、忘れられないから誰の何という曲か知りたくなって検索して動画を繰り返し見たり、他の友達に勧めたり、昔ならCDショップに買いに走るという行動につながってヒットが生まれます。

覚えやすいメロディのヒント

つまり、「ひとり歩きするヒット曲」の最も大切な条件のひとつは、誰もが覚えやすいメロディであるということです。単純明快ですよね。でも、どうすれば覚えやすいメロディを作れるのか、という課題に明確な答えを出しているメソッドを僕はあまり見たことがありません。音楽大学で作曲を勉強したら作れるようになるのでしょうか?生まれつきの才能やセンスでしょうか?それじゃ答えとは言えないですよね。

ここで「ヨナヌキメロディ」はひとつの明確なヒントです。ヒントという言い方をするのは、「ヨナヌキメロディ」だから絶対ヒットするわけではないからです。でも今回の「香水」みたいな、ひとり歩きするヒット曲の多くが「ヨナヌキメロディ」でできているんです。本当ですよ。「ヨナヌキ」を上手に使うととても覚えやすいメロディが作れるんです。

「香水」は見事に「ヨナヌキメロディ」のお手本です。

「ヨナヌキメロディ」の解説

ヨナヌキは「47抜き」などと書いたりもします。
どういうことかというと、ひとつの曲の主旋律(=メロディ)はその曲のキー(=調)に合わせて、そのキーノートの音を起点にドレミファソラシの7つの音階とリズムの組み合わせでできています。7つというか7種類の音ですね、シの次は1オクターブ高いドになって、またレミファ・・・と上がっていく、下がる場合も同じです。もしもキーがCメジャー(ハ長調)ならキーノートはド、ピアノの白鍵の音が全部その構成音ということです。

さて、このドレミファという呼び方(階名)ですが、歌い手の音域に合わせてキーが変わったりするとややこしくなるため、特にポップスなどの楽譜表現ではキーノートを1として番号で音を表したりします、つまり、
ド =1
レ =2
ミ =3
ファ=4
ソ =5
ラ =6
シ =7

こんな感じで、キーがCメジャーならドは1です。キーがDメジャーならレが1になり、「香水」はD#メジャーなのでレ#が1になります。

「47抜き」とも書く「ヨナヌキメロディ」とは、この4と7の音を使わないで構成されるメロディのことを言います。

簡単に言うと「ファ」と「シ」を使わないんです。
え?そんな簡単なことで「ひとり歩きするヒット曲」が作れるの?と思われるでしょう。

でも、目の前にこの「香水」という証拠があります。この曲を何度か聞いてみてください。メロディをなんとなく覚えたら、ぜひ楽器で弾いてみましょう。キーボードならわかりやすいですね。

そして、できればキートランスポーズという、カラオケで音域を自分の声に合わせて上げたり下げたりするのに似た機能で、ドの音が「香水」のキーノート、歌詞でいうとサビの「別に君を求めてないけど」の「べつにき」の4つの音になるように設定して、「香水」のメロディをなぞって弾いてみてください。

1番のアタマからサビまで弾き終わったら気づくでしょう。そう、1度もファ=4とシ=7が出てこないんです。「香水」はこの後の2番を終えてもファとシは出てきません。間奏が終わった後の大サビ(Dメロなどとも呼んだりします)パートで、初めてシとファが数回出てきます。ちなみにこの大サビパートがこの曲の中で一番覚えづらいかもしれませんね。

時代を越えて人の心に残り続けるメロディ

ところで、このサビのメロディ、世代が僕に近い人だったら何か思い出す大ヒット曲がありませんか?こちらは30年前、アニメ「ちびまる子ちゃん」初代のオープニングテーマ「おどるポンポコリン」のサビに音の並びがそっくりです。「おどるポンポコリン」は30年経った今でもカバーされたり、小学校の運動会で使われたり、すっかり国民的メロディとして定着しています。

時代も曲調も全然違う2つのビッグヒット曲に共通する「ヨナヌキメロディ」という秘密。ちょっと夢があるとおもいませんか?

もうひとつ例を挙げるなら「上を向いて歩こう」です。このメロディも初めから「ひとりぼっちのよる〜」までの1番、続く2番まで一度もファとシが出てきません。そして大サビ「幸せは雲のうえに、幸せは空のうえに」で初めてファが2箇所使われます。この歌は1961年10月に坂本九のシングル曲として発売され大ヒットしますが、その後イギリス、そしてアメリカに飛び火。「SUKIYAKI」のタイトルでビルボードやキャッシュボックスといった全米ヒットチャートで3週連続1位を獲得してしまいます。

他にもビートルズの「レットイットビー」、毎年夏になると街中で聞こえてくる「夏祭り」など、CDは持っていなくてもなぜか誰もが知っているヒット曲たちに隠れている共通点。実はこういうヨナヌキメロディの大ヒット曲がたくさん存在するのです。

まとめと次回予告

今日は覚えやすいメロディを生み出す不思議な法則「ヨナヌキメロディ」について簡単に触れました。

「ヒット曲はいくつもの要因が絡んで生まれます。声が良いとか歌が上手いとか、歌詞が共感されたとか、大量にCMで流れていたとか、内的外的要因が複雑に働いた結果がヒットという現象を生むので、「ヨナヌキメロディ」なんて言われても話はそう単純ではないと考えるのも当然です。

でも、ただ何の指標もなく、感覚や気分だけで手探りの作曲を続けていてヒット曲が作れたとしたら、それはまぐれ当たりです。今日書いたようなちょっとした知識があれば、狙いをより研ぎ澄ませることもできるし、何よりもいろいろな曲を聞いていて気づきが全然違ってきます。

次回も同じく「香水」を題材にして「ひとり歩きするヒット曲の作り方②弱起」をお送りします。

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