見出し画像

はじめての夜と、コメダ珈琲

 これで、終わり? とは思わない。けれど、けれど、But(けれど)。


 身の回りの人間に比べると、まあ経験あるほうかな、というくらいだった。処女を捨てたいという理由で十九でカレシをつくり、そのカレシが「ブツがデカい」というのが自慢のやつだった。その次のカレシは勃っても剥けないかわいいサイズの真性くんで、お次はお酒の勢い(ビールとワインと日本酒の、三種のチャンポンはやばい)でお持ち帰った床オナくん。どんなに頑張っても絶対ナカでイケなかった。一番長く続いたのは大学のゼミの子で、「はじまりの日の『赤紙』」の憧れの男子の友人。背が高くて、歩き方に独特の癖があって、セックスは、THEフツーだった。交際に発展してもしなくても、割と早い段階で身体を重ねてきた。

 夫とは、消防団の旅行後に知り合いを通じてLINEを交換し、二週間後には初デートをして、その日の夜居酒屋で結婚を前提の交際を申し込まれた。奴が私に惹かれた理由は、「陰がある」だ。何がポイントなのか、よくわからない。

 つき合ってからも、週に一、二度のデートはしていたけれど、身体の関係はひと月経ってもなかった。今までの人に比べて慎重だな、とちょっと不安だった。夫は顔も良く(ゆるキャラに「お兄さん、カッコいいね」と囁かれるくらい)、三十代半ばにしては引き締まった体をしていて、「今まで女に困ったことはないよな」という感じがしていた。つい半年くらい前にも、アパートの大家さんのお婆ちゃんから「旦那さん、イケメン」と褒められたものだ。一体どんなセックスをするのだろう。今まで喰ってきた女たちと比べられたりするんだろか。腹も脚も肉があって、全然自信がないけどどうしよう。めずらしく、緊張していた。

 不安と期待が入り混じるころ、ついにその夜はやってきた。

 実は、きっかけはあんまり覚えていない。次の日が休みという金曜日の夜、いつものように居酒屋デートをした。二人ともイケる口でしこたま飲み、気づけばタクシーでホテルを目指していた。

 タクシーの後部座席で繋いだ右手の熱さと、夫の頭がぐらんぐらん船をこいでいたこと、着いたホテルの空いた一部屋に滑り込むようにチェックインして、そこからものすごく恥ずかしかったのは覚えている。順番にシャワーを浴びて、迷った末にバスタオルを巻いただけでベッドに近づいた。勢いよく腕を引っ張られ、シーツに倒れこむ。

 ちょっと荒々しいかな前戯、短くも長くもなく。下も舐めてくれた気がするけど、気持ち良さよりくすぐったさが勝った。

 気が付けば、全部終わっていた。挿入した瞬間、「これで挿入った?」。動きはぎこちなく、腰ちゃんと振れてる? と心配になるくらいだった。どんな反応をすれば、でも気持ちいい声出さなきゃ、と戸惑っているうちに、ドサッと脱力してのしかかってきて、一連の流れが終末を迎えたようだった(あ、ちゃんとゴムはしてくれた)。


 ちょっと眠って翌朝、目が覚めると、薄闇の中に赤い光がちろちろ泳いでいた。煙草の煙。今でも、鮮明に覚えている。吐き出される煙の匂いを嗅ぎながら、「金魚が泳いでるみたいだ」と思った。

 おはよ、と起き抜けの掠れた声が響く。擦り寄って頬に触れるだけのキスだけしたら、おもむろに

「身体の相性もよかったね」

 嬉しさのにじんだ声がして、思わず返答に詰まった。私、挿入ってるの、よくわからなかったのに……。フレンチ・キスをいっぱいして誤魔化し、タクシーで帰路に就いた。翌日は土曜日で、てっきりお互い休みだと思ったのに、夫は仕事でタクシーの中でバイバイのキスをすることもなく、別れた。

 思わず衝撃で、いちばん仲の良い友人に電話する。すぐに会うことが決まってコメダ珈琲まで行き、おしぼりを巻いたり折ったりして、奴のブツを再現してマシンガントークが止まらない。女友達、こんなもんです、すみません男性。

「きっと、遊んでばかりで、そんなに長く続いたことないんじゃない、女の人と」

 と、その友人は言う。「今までさんざん遊んできたっぽいし」と。

「そうかなあ」

 受け答えしながら、朝の「相性よかった」発言を、何がよかったポイントなのか反芻する。まあ、確かに夫は達していた、ぽい。抜いたゴムに溜まっていたから、それは確かだ。


 今まで遊んでいたから下手だった、という解釈は間違いで、実は魔法使いで、私は知らぬ間に初めてを捧げられていて、この後めきめきと夫は腕を上げる。それはまた別の話として、私はコメダでの友人とのやりとりに、ほんとに心慰められたのだった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?