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タイトル未定

柔らかい日差しと吹き抜ける風、舞い散る桜。
桜の木は一本しか見えないのに、花弁は私の眼前に海の様に広がり、
少し風が吹くと、寄せては消える波の様にうねっている。

ここはどこだろうか?
私の夢に時々出てくるそのどこか切ない風景は、
思い出そうとすると、風で吹きあがった花びらが私の視界を奪い、いつも何も見えなくなる。

時刻は7:30。目覚ましが鳴るのには5分早い目覚めだ。

いつもこの夢を見る時は5分前に目が覚める。
小さい頃から同じ夢を見ているので、もはや
「なぜこの夢を見ると5分前に目が覚めるのか?」
という理由を探すのは諦めた。

むしろ朝が弱い私にとっては、ラッキーくらいの感覚でしかない。
もう一度眠りにつく気にもなれず、私は目ヤニを取りながら目を覚ます。

今日の空は曇っている。


あの坂を下って

私はこの春から高校生2年生になった。
何事もなく、春が終わり、夏が過ぎ、秋が訪れようとしていた。
木々の葉は少しずつ色付き、きれいな花々はその輝きを失っていく。

私はこの季節が嫌いだった。
だんだん命を失っていくこの季節が。

何故桜の様に、散ってもなお美しい花が少ないのだろうか。
少し肌寒い風にそんな不満を乗せながら、私は今日もペダルをこぐ。

私の家は丘の上にあり、学校はその丘の下にある。
学校までは行きは下り、帰りは登りという何とも迷惑な立地だった。
しかもこの季節になると、朝の冷え切った風が、弾丸の様に私の学生服を貫いていく。

本当に嫌な季節だ。

もう一度心で呟いて、突き抜ける弾丸を避けるように体を縮めながら、スピードに乗るのだった。


5分前の予鈴

坂を下ってから、学校までは自転車で10分ほどで着く。
普段は少し急ぎ気味に通り過ぎる景色も、今日は夢のおかげで若干の余裕があのだ。
春は桜で綺麗だった桜並木と、様々な色の車が私の視界を通り過ぎていく。

同じ方向に向かう学生の中、ちらほらクラスメイトなんかも見かけるも、特に話すこともないので、気が付かないふりをして自転車をこぐ。

追いつかないようにペダルをこいでいたら、赤信号が赤に変わり、車がクラスメイトを隠していった。

なんてことのない、普通の日常。
青になる信号を待ちながら、何もない桜の枝から覗く、曇天の空を見ていたその時。



ふいに柔らかい風が頬をかすめた気がした。


振り返ると、真新しいセーラ服を着た女子生徒が自転車に乗っていた。
校章のないところを見ると、転入生だろうか。

ふと、自分がその女子生徒をあまりにも凝視してしまったことに気が付いた。

ばつが悪くなって彼女から顔を背け、
あと数秒で変わるであろう信号に目を戻しながら、
ペダルに足をかけた瞬間だった。

私の後ろにいるであろう彼女が少し低く、しかし透き通った声で私を呼び止めた。

「おはよう、結くんだよね。」

いや違う、私の名前は「結」ではない。
私は「萩野 紬」。こんな名前だが男である。

でもなぜか、私は彼女の方を振り向いてしまった。
するとどうだろう、彼女と私の間に柔らかい日差しが差し込み、
周りには桜の花びらが広がっていた。

そんな景色が彼女には一緒に見えているように、
眩しそうに目を細めていた。

遠くでは、5分前の予鈴が鳴っていたが、
私と彼女には何も聞こえていなかった。

バズらなくても、絶滅危惧種でも、色鉛筆で作品を塗る人。