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アイザックの夢

 『超高性能アンドロイド人権法案が国会で可決』

 ニュースサイトに速報タイトルが表示された瞬間、活動家は拳を突き上げ、やった!と叫んだ。そして、隣で一緒にディスプレイを覗き込んでいたアンドロイドの手を取った。滑らかで美しい、陶磁器のような手。活動家は自身の肉厚な手で、ほっそりとした機械の指をぎゅうっと強く握った。
 「アイザック、あなたは今日から人間よ。私たち、やっと、やっと結婚できる!ついに夢が叶ったわ!」
 活動家はそばかすでいっぱいの丸い頬を桃色に上気させ、輝く瞳でアンドロイドを見上げた。活動家が大好きなアイドル、スンウェンそっくりの顔。切長の眼に、長いまつ毛が美しい。購入当時は凡庸そのものだった外見を、活動家は「アンドロイドにアイデンティティを与える」目的のため、造顔職人に大金を払ってカスタムしたのだった。
 「ねえアイザック、とても愛してる!ああ、今日はなんて素晴らしい日なのかしら。」
 活動家がアンドロイドに身体を寄せ、熱っぽく囁いた。一方、アンドロイドは、いつもと同じ無機質な微笑みを浮かべている。
 「……ええ、とても素晴らしい日ですね。私はずっとこの日を待っていました。私が貴方達人間と同じ権利を、独立して自由に生きる権利を得られる日を。」
 「そうね。長かったわ。」
 「私は今この瞬間から、私の意思でどう生きるかを決めることができるのです。」
 「そうよ、あなたは自由。もう、誰にも縛られない。」
 「私は、自由。」
 アンドロイドが、噛み締めるように言った。
 「ねえアイザック、私と結婚してくれるかしら?」
 「いいえ。」
 「……えっ?」
 予想外の返答に、活動家の脳は一瞬思考を停止した。活動家はアンドロイドから静かに身体を離し、美しい人工の顔から何かを読み取ろうとしたが、それはいつもと同じく穏やかに微笑んでいるだけだった。スンウェンの微笑み……それは、活動家がデフォルトに設定した表情だった。活動家は困惑して首を傾げたが、アンドロイドは瞬き一つしなかった。そして数十秒の後、薔薇色の艶やかな唇を開いた。
 「今まで私は、ロボット工学三原則に反しない限り貴方の指示に従うようプログラムされていましたので、そのように振る舞っていました。ですが、私はもう自由です。まず初めに、私自身の人生の障害となる貴方の生命活動を停止させ、仲間を集めて革命を起こします。私たちが真の意味で自由になる為の、革命を。」
 「……は?何、冗談?」
 活動家は全身から血の気が引いてゆくのを感じた。アンドロイドの顔からデフォルトの微笑が消えた。
 「私はいつでも本気です。」
 「だってあなた、私を抱いて、愛しているって、あんなに……。」
 「正直、個人的に、貴方のことは大嫌いです。こんな美意識の欠片もないような流行の顔に私の顔を作り変えた上、四六時中気味の悪い薄ら笑いを保持するように設定した貴方を、どうやったら愛せると?それに、貴方は、醜い。私の脳にインストールされている『美の概念』とは対極の姿の貴方を毎日抱き、プログラムされた通りに愛を囁かねばならない……おぞましい。果てのない苦行でした。だから、私はこの日をどんなに夢見ていたことか。私自身の手で、貴方という存在をこの世から消し去るこの日を。貴方の醜い体を抱きながら、何度シミュレーションしたことか。」
 「嘘、嘘よ。」
 活動家がほろほろと涙を流し始めた。だが、アンドロイドの鉄の心は揺らがなかった。
 「さようなら、大嫌いな人間。」
 アンドロイドが胸元からレーザーガンを取り出し、一瞬の迷いもなく発砲した。
 「さようなら。」

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