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ウルシュラについて 【SS】

 ウルシュラが死んだ。死んでしまった。ウルシュラが死んでから、これまで巧妙に隠されていた彼女に関する事柄が明るみに出た。
 ウルシュラはかつらを被っていた。誰よりも美しいと思われていた彼女の金髪はフェイクで、剃り上げられた頭皮は青白く、彼女の髪がより深い色をしていることがわかった。そして実際、剃られていなかった彼女の体毛は闇夜のように艶やかな黒だった。
 ウルシュラの美しい翡翠の瞳は義眼だった。ビオン社の最高級ラインのもので、視力は左右2.0に設定されていた。でも彼女はいつもレンズに薄く色の入った眼鏡をかけていた。
 ウルシュラは顔面と胸部の整形手術を受けていた。彼女は特別美人ではなく、胸は小さく形は左右バラバラだった。元はどんな顔をして、どんな瞳の色で、どんな乳房だったのか、誰にもわからない。
 ウルシュラの体内に入っていた国民IDチップは、偽造されたものだった。そのIDに登録された情報はウルシュラのものだったが、ウルシュラになる前の彼女自身のものではない。
 そしてウルシュラの身体には、あの厄災の後にマズレクの民全員が接種し続けているクロントファ注射の跡がどこにもなかった。

 ねえカミル、ウルシュラは僕たちマズレクの同胞ではなかったみたいなんだ。僕は彼女のことを誰よりもよく知っていると思っていたし、とても愛していた。君が彼女に恋していたのも知っている。でも、彼女は……?彼女は一体何者だったんだろう。

 もし彼女がマズレクの民ではなく、毎年のクロントファ注射を打たずに済むのなら、太陽の光を真っ直ぐに浴びることができるのなら、何故僕たちとこの地に留まり続けたのだろう。真昼の空の下で防護服を着なければならない生活から逃げ出さなかったのだろう。逃亡者ならもっと別のマシな場所を選ぶだろうし、スパイなら……いや、この国には諜報すべきものなんて何一つ無いだろう。もう終わった国なのだから。
 ウルシュラが……何かの事情でたまたまここに流れついて、終わってしまったこの国に住む僕たちのことをほんの少しだけ好きになってくれた……愛してくれたのかもしれない。だから、最後まで僕たちと生きることを選んだのかもしれない。単なる僕の推測だけど。そうだったらいいと思う。

 彼女はもう戻らない。けれど、僕は確かに幸せだったし、今も幸せだ。ウルシュラという楽しい人と同じ時を生き、その深い愛情を知ることができたのだから。
 ただ、僕は……彼女が世界からいなくなる直前に食べていたライ麦パンを、まだ捨てられずにいる。

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