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きっと悔いない人生だったんだろう

事務所の皆が出勤すると、毎回皆にバナナを配るおじさんがいた。

そのおじさんは、事務所の端っこにデスクはあるけど、部署のメンバーではなく、ただ場所を借りているような形で、一緒に仕事をしたことはない。おそらく週に2~3回事務所に来ていて、どうやらデザイン系の仕事をしているらしい。
うちの部署の仕事を委託していたわけでもなく、どういう経歴なのか、そもそもなぜ場所を貸すようになったのか、そういうことはよくわからない。

私はというと、部署では外回りの仕事が基本なので、朝イチで事務所にいることはほとんどない。月2、3回、外回りがない日に事務所に出勤すると、そのおじさんは事務所のレギュラーメンバーではない私にもバナナをくれた。自分が食べる分、無くなっちゃうんじゃないか、と少し気になっていた。

外回りがない日、1日中事務所にいることが退屈に感じたけど、そのおじさんがセレクトする音楽はデスクワークをするのに心地いい音楽で、きっと音楽にこだわりがある人なんだと思っていたし、私のボトルに貼ってあるテイラー・スウィフトのステッカーを見て、好きなんだね、と話を振ってくれたこともある。
でもそれ以上の会話はしたことがなく、お互いのことについて聞くタイミングもなかったからやっぱりよくわからなかった。

ここ数か月、そのおじさんは事務所に姿を現さなくなった。

1か月前くらいから、そのおじさんのデスクには花が飾られるようになった。つまり、そういうことだった。

事務所のメンバーには何となく聞かないほうがいい気がしていた。というよりも聞けなかった。

4月、新たなメンバーも加わるということで事務所の模様替えが行われることになり、
やっとその時に恐る恐る「○○さんって…」と切り出すと、
「ちゃんと言っていなかったか、今、これくらいのちっちゃい箱にいます…」と上司は説明した。おじさんは末期がんを患っていたらしい。

ショックだった。

そういえば数か月前にハイスペックなMacを買ったとか、ラーメンどこが美味しいのかなとか、そういう話も聞いていたっけ。居なくなってから、その人の行動一つ一つが思い起こされるというのはこういうことなのか。

デザイナーだったから、何かポートフォリオが残っていたりするんだろうかと検索をかけてみたけど、おじさんの名字を打ったところで、下の名前がわからない。

おじさんについて私が知っていたことは、このnote数百字に収まってしまうだけのことだった。

よく知っている間柄ではなかったが故、私がいま感じるのはただただ悲しい、ということだけ。でも、きっとおじさんのことは忘れないだろうし、思い出す時にはいまを生きることについて、ぼーっと考え事をすると思う。




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