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フランスから帰国後は、国内のパティスリー&ブーランジェリーで勤務しました。

日本で働きだしてまずはじめに驚いたのは、パティシエールの仕事はかなりの重労働であること。

お店によるとは思いますが、私の場合は朝早くから夜まで一日ほぼ立ちっぱなしで働きました。

しかも初めてのお店では、2階が工房、1階が販売店だったため、全くお客様の笑顔に会えませんでした。

それが私にとっては、一番寂しかったのかもしれません。

小さい頃、自分が作ったお菓子をご近所さんにお裾分けし、その後道でばったり出会った時にもらえるメッセージ。

「この前はありがとう!すごく美味しかったよ!また作ってね!」

その言葉をもらえるのが、ものすごく嬉しくて、作っては友達やご近所さんに持って行くを繰り返していました。

その頃から、私の夢は、自分が作ったお菓子で沢山の人に『ありがとう、美味しかった』と喜んでもらいたい、に変化していきました。

お菓子作りは楽しい、でも苦しい。
お客様にも会えない。

幾らお菓子作りが好きだとしても
そんな過酷な毎日は
そう長くは続きません。

結果、長時間の重労働により
かなりの負担がかかり腰痛が悪化。

でもお菓子作りが好き。
毎日来られるお客様のために仕事に行きたい。

そんな思いが邪魔をし休めませんでした。

2~3か月に1回のぎっくり腰。
病院に行けばどうにかなる。
そう思う私は、腰に神経注射を打ちながら
ある年は365日休まず勤務していました。

そんな時
運命の出会いがありました。


KUNKUN history④に続く

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