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それぞれの人、それぞれのリアル

異なる文化を背景にもつ人との出会いは刺激的だ。自分を成長させてくれる。

ぼくはお気楽サラリーマンだったので、社内FAという便利な制度を最大限活用して、毛色の異なる部署を渡り歩いた。
画像処理研究、Maryland大、デザインなど。ついでに育児休暇。


新入社員で配属されたのは、画像認識を研究する部署だった。直属の上司は佐野元室長。どうして元室長が上司なんだろうと思ったら、名前だった。

げんさんは東大卒の博士。ときどき視線を遠くに馳せながら、人がモノを見ているときの脳内処理に興味があり、研究を続けていきたいと、熱く熱く語ってくれた。

あつかった。そこいらの私大バチェラーには100℃超えのサウナくらい暑かった。とんでもないところに紛れ込んでしまったと、フィンランドの湖に飛び込んでしまいたい気分だった。

なんとか気を取り直し、チクチクとデータを整理していたら、OJT担当の川本さんに思いっきり叱られた。

「同じ時間をかけるんだったら、自動的にやる方法を考えるんだよ」

地味でおとなしそうな印象の川本さんだったけど、銀縁メガネの奥のつぶらな眼差しは厳しかった。
マシンガントークの音圧とペースがあがって、本気で叱られていることがビシビシと伝わってきた。

そしてこの
「その場かぎりではなく、もっと長いレンジで効率を考える」
という教えは、ぼくの会社員生活で最も役に立った。

会社では効率が重視されるという当たり前のことを、若いぼくはリアルに理解できていなかった。


数年後、半年という短い期間だったけどMaryland大学に派遣された。

そこで出会ったRosenfeld先生は、ジブリの世界からまんま飛び出してきたようなおじいちゃんだった。
背中は90度曲がっているし、メガネはいわゆる瓶底メガネで素顔がわからない。
こんなおじいちゃんが、現役バリバリで研究しているというのだ。さらに「おれのオヤジだってまだ現役さ!」と聞かされて2度驚いた。

先生にリアルに会って、先生の論文や書籍を見る目の輝きが増した。こういう人が真摯に研究した結果を、余すことなく役立てていきたいと感じた。


画像処理の大家を前に緊張しまくっていたぼくは、先生の発する英語をほとんど理解できなかった。ときどき目の奥が笑っている気がして、それに合わせて愛想笑いをしてた。

後になって、先生はジョークを言って、その反応でやってきた外国人の英語力を測っていると聞いた。早く言ってくれ。
やっぱりアメリカンジョークは大切だ。ムッタみたいに勉強しておくべきだった。

偉大な研究者はジョークを忘れない。アインシュタインも舌を出していたではないか。ジョークはなにより大切、と心にメモした。


Marylandでは韓国の研究者と関わる機会が多かった。ぼくは偶然と思っていたけど、実はそうではなかったのかも知れない。

あるとき麻雀に誘われて出かけた。こちらは遊びのつもりだったけど、彼らは手元で牌を動かしながら、
「太平洋戦争での日本軍の振る舞いを、おまえはどう思うのか?」
という厳しい質問を次々と発した。世界観の違いを、リアルに思い知らされた。

体温を伴わない情報とリアルの間の谷は、黒部渓谷より深かった。


日本にもどり、デザインセンターへFA。事務手続きのお姉さんに「ずいぶんと思い切ったことをしましたね~」と気の毒そうに笑われた。その意味は、しばらくして骨身にしみることになる。

まったく異なる仕事をする。それは覚悟の上だった。
それ以上に人が、文化が違った。本当におんなじ会社か?

男女比が8:2の課から、2:8の課へ。
イケイケゴーゴーの文化から、石橋を叩いて渡る文化へ。

ここで出会った丸谷さん。まったく話が通じない。きっと向こうはもっと通じないと思っていたことだろう。音は認識できるんだけど、お互いに意味が分からない。

それでも少し救われたのは、育休中そういう世界の一端に、リアルに接していたからだ。この経験が無かったら、新しい部署でブチ切れていたかも知れない。

2年くらい経って、丸谷さんの立場、考えも理解できるようになる。
商品に近い部門では納期厳守が最優先だ。こんな当たり前のことが、知識としては分かっていたが、リアルに理解できていなかった。

ちょっと新しいものを入れ込もうとしてお願いに行くと、出来る訳ないの一言で終わりである。話し合う余地すらなかった。
でも、そういうお願いを聞いているときりがないのだ。いつまでも、あちらこちらから変更が入っては、製品は出ていかないのだ。

そんな中でもギリギリの努力をしている。そのことが異動したてのぼくには理解できてなかった。

誰かが心を鬼にしてストップをかけないといけない。心を鬼にすることは容易ではない。


行く先々、会う人々それぞれのリアルがある。

ネットで目にしたり、本で勉強したりすることは出来る。
けれども、その知識はリアルに触れたとたん、色あせたものになる。

ビジネスを通じて、さまざまな文化を背景に持つ人と出会えたことで、リアルを伴わない知識の儚さを思い知った。
けれどもそれを知るたびに、ぼくは成長した。

家族からは「最近まるくなったね~」と言われるようになった。
まるくなったのはカラダだけ。心は成長したのだ。

こんな自由を許してくれた会社にありがとう。
そんな環境をつくってくれた妻にありがとう。

#ビジネスの出会い
#大切にしている教え

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