【名作迷作ザックザク㉞】貧乏長屋で起こった連続殺人に遊び人のスチャラカ男推理が冴え渡る... 銀幕スター男女の若き姿のじゃれ合いに目を奪われつつ,渦中の事件は時代劇のデウスエクスマキナに瞬く間に裁かれる痛快娯楽映画『昨日消えた男』(1941)
結論から言おう!!・・・・・・こんにちは。(ฅ^・ω・^ ฅ)
『南くんの恋人』といえば高橋由美子さん世代、なO次郎です。
今回は邦画のクラシック名画『昨日消えた男』(1941)です。
時代的に太平洋戦争に突入しようという戦中末期で、その時期に公開された映画というと戦意高揚映画や忠君忠孝の精神を元とした剣戟映画ばかりかと予断してしまいますが本作についてはそうした息苦しさはどこへやら、貧乏長屋で暮らす町人たちの痴話喧嘩や胸算用、若い男女の初心な意地の張り合いにその長屋で起こった連続殺人が騒ぎをもたらしそして…というハイブリッドな時代劇娯楽作に仕上がっております。
"ぜいたくは敵だ!"の精神の折、よくこれだけの明るく楽しい作風が当時の内務省による検閲をクリアしたなという驚きがまずもって作品評価を上げてしまいますが、上記の下町人情に加え、本作からほぼ一世紀を経てもなおその名を広く知られている日本を代表する名探偵の多分にご都合主義的ながらも小気味のいい名推理と偉大なるマンネリを敷衍させる大団円が待ち構えており、日本人の琴線に触れる超王道のドラマツルギーという感じがします。
ちなみに本作について、僕は雑誌「映画秘宝」のムック本で"知る人ぞ知る方がミステリーの秀作"としてその存在を知り、調べてみるとソフト化はVHS止まりで入手困難ゆえに名画座上映を気長に待っておりましたが、先般遂に都内の名画座での山田五十鈴さん特集(本作のヒロインにして当時未だ20代!!)で無事に鑑賞出来た次第です。
※ちなみに件のムック本はこちら。投票型のミステリー映画ランキングは勿論のこと、各界著名人の極私的ベスト10がそれぞれに尖ってて楽しかった。
しかしまぁ、「映画秘宝」は休刊になっちゃったし、過去のムック本も軒並み絶版状態なのよね…。
※ちなみにこちらはタイトルは同じだけど内容は別物の1964年作で、主演は市川雷蔵さん。こっちはDVD化されてるので口惜しや。
両作ともミステリージャンルで、上記作がダシール・ハメット『影なき男』が原案なのに対してこちらはメアリー・セレスト号事件がモチーフ。
前置きが長くなりましたが、ミステリー映画好きやレア作品好きの方々、読んでいっていただければ之幸いでございます。
それでは・・・・・・・"友だちでいいから"!!
※主題歌のこちらも当時大ヒット!! ウチにはこれのCDは無かったけど友人宅に有ったかな。
たしか去年の4月に入籍されたものの、同タイミングで有吉さんと夏目さんも入籍されててニュースがかき消されてしまってましたね…。
個人的な紆余曲折はあったようですが、今でも映像作品で度々お姿を拝見しますので何より。
Ⅰ. 作品概要
(あらすじ抜粋)
裏長屋の大家・勘兵衛(演:杉寛さん)が何者かに殺された。勘兵衛は鬼勘といわれるほど無情な男で間借人の嫌われ者。まず日頃から勘兵衛を殺してカンカン踊りを踊らせてやるといっていた文吉(演:長谷川一夫さん)、勘兵衛に借金の返済を迫られていた浪人の篠崎源衛門(演:徳川夢声さん)が疑われた。そこで与力の原六之進(演:江川宇禮雄さん)は一同を呼んで取り調べをすることにしたが……。
というわけで、性悪の古狸が殺されたのに対して容疑者は主要人物ほぼ全員…という極めて正統派なミステリーの立て付けです。
※前述のように原案は海外の古典ミステリーの名作。そのまま人物と事象を日本に置き換えても十分面白くなりそうですが…
人情横丁で起こった殺人をなんとか解決せんと公権力が監視の目を敷きますが、ある者は近しい誰かを庇って、またある者は折り合いの悪い相手にお上からの疑いを被せんと秘かに行動し、それがまた事件を複雑化させていきます。
皆が警戒感と疑心暗鬼に陥る中、不幸にも第二の殺人事件が起こってしまい、それまでの意味深な言動が災いして主人公文吉が与力連中の大群に決定的に疑われてしまい、後半には大捕物へと発展して活劇ものとしてのケレン味、ダイナミックさも備えています。
ただ、しかしながら・・・・・・
Ⅱ. 筋立てに反した脱力コメディー描写の数々…
そう、本作のお楽しみは容疑者全員の怪しいミステリーよりも主人公があわや公権力に囚われてしまうかというスリラーよりも、その全体の筋に敢えて反するかのような気の抜けたコメディー描写の数々なのです。
まずは主人公の遊び人文吉と、お向かいに住む病気がちなおっかさんと二人暮らしの町娘芸者小富(演:山田五十鈴さん)の軽妙な掛け合い。
内心ではお互いに憎からず思いながらもそれぞれの気の強さが災いして顔を合わせれば軽口を叩き合ってのイーッ!やアッカンベーッ!(これらの言葉、文字で見たのは何十年ぶりであろうか…)の応酬。
彼の前では意地を張る一方で、家に帰ればおっかあに文吉への想いを指摘されていじましく照れ入る始末・・・。
今観るとというか、当時としてもベタには違いなかったのでしょうが、それでもなお笑みが自然と零れてしまうラブコメ感はどうしたことかというか、当時未だ長谷川さんは30代、ベルさんも20代とお若いですがその実力が月並みなシーンを一世紀近く経った今日でも朗らかに見させている証左でもありましょうか。
そして"悲喜こもごも"と謂うように、このメイン二人が陽性の雰囲気を纏ったカップルであれば、町娘お京(演:高峰秀子さん)とその想い人の若浪人とのそれは悲恋ぶりたっぷりです。
源左衛門も娘の想い人の若浪人もお京を救うために大家を殺す覚悟を決めており、それがゆえに実際には全く別の下手人の手によって彼が殺害された末にはお互いがお互いの犯行と誤解して役人の目から互いを庇い合う姿がいかにも人情譚という具合であり、ミステリー展開を引っ張るとともに下町ものとしてのドラマとしても観せてくれるのが巨匠マキノ正博監督(当時未だなんと30代前半!!)のエンタメ性を感じさせるところです。
ただまぁ一方で時代性をどうにも隠しようがないところも間々有り、駕籠屋を演じる渡辺篤さんとサトウ・ロクローさんのコメディーリリーフコンビの登場場面場面何かにつけての「はぁ~・・・なるほどなるほど!」「いや、まったくまったく!」の掛け合いはあまりにも天丼過ぎてなんともかんとも。いっそ自分が笑い屋になったつもりで相対すればアレですが、逆に作中延々繰り返しでもきちんと笑いを取れていたことに鑑みて当時の笑いのリズム、賞味期限が分かろうというものかもしれません。
また一方で長屋内の熟年夫婦の掛け合いもけたたましく楽しく、中年の人形師(演:鳥羽陽之助さん)とその女房おこん(演:清川虹子さん)とのド付き合いの喧嘩は新喜劇的な安定感のあるハチャメチャぶり。
あまりにも自分の手製の人形の娘に思い入れを示す旦那に女房が嫉妬してその人形を叩き壊そうとし、それを旦那が止めに入っててんやわんやの大喧嘩。それが伏線となって物語中盤に女房がこっそり池に捨てたその人形がしたいと間違われて騒動になる…という展開もちょっとしたミスリード且つ笑いとしても秀逸です。
※ちなみに清川虹子さんといえばこんなTVドラマもございました。
主演の浜木綿子さんのご長男は香川照之さんデスね。
そうこうしている内に錠前屋の太三郎(演:清川荘司さん)が第二の犠牲者となってしまい、彼が危ういからよく見張れ、と不審な言動をしていた文吉が与力一同に疑われて一対多数の大乱闘。
ケレン味を出すにしても今の目線からすると絵面的にあまりにも多勢に無勢過ぎて演出として浮いてる感は有るのですが、やはり時代劇スターの面目躍如というか、アクションシーンがこの一場面に集約されて堪能できます。
そしていよいよクライマックス。
長屋には目明しの八五郎(演:川田義雄さん)が現れ、勘兵衛殺しと太三郎殺害事件を奉行所で取調べる故一人残らず出頭するようにと長屋の住民一同にお達しが。
・・・・・・あれ、この推理までの必要情報が十二分には提示されないままに関係者一同が一か所に集められる駆け足展開はもしかして、、、
取調べの日、与力原六之進、八五郎、長屋の連中が居並ぶ前に現われたのは奉行姿の文吉、実は南町奉行遠山左衛門尉であった!!!
というわけで本作はなんと誰もが知る日本の名探偵の一人にして何度もリメイクされている時代劇シリーズの主人公『遠山の金さん』の扱う事件の一編として作られていたのでした。
そもそもからして"主人公が素性不明の遊び人"というところから推察も出来そうなところなのですが、戦前に作られたあまりにも古典な作品ということから思い及ばず、しかも作品タイトルに全くその気配がないことも相俟ってなかなかに気持ちの良いミスリードでした。
※ご自身の歌うこのED主題歌も超思い出深い!!
たしか本放送ではED映像は延々と桜の枝から桜が舞い散る景色でしたが、それだけに印象的で、未だに桜を見ると思い出す光景・曲の一つです。
作詞・作曲:吉幾三さんってのがまた凄い。
左衛門尉の見事な推理は遂に犯人を与力原六之進と見破った。原は大塩平八郎の一味で勘兵衛と共謀し軍資金を集めていたのだが勘兵衛が裏切ったので彼を殺し、秘密を探ろうとした太三郎も殺害したのである。
というわけで観客側には推理のために重要な情報や証拠はほとんど事前提示されなかったのですが、金さんの登場と彼が推理しているという状況によってすべて許せてしまいます。まさに日本人にとってのミステリーのデウス・エクス・マキナでしょうか。
※(=^・ω・^=)(=^・ω・^=)(=^・ω・^=)(=^・ω・^=)(=^・ω・^=)
実は事件を調べていた公権力側に犯人が居た、ということで上記のように言及したフェアな情報提示や互いの駆け引きを描けばもっと重厚な作品に成り得たでしょうが、逆を言うと"遠山の金さん"というジョーカーを持ち出したことでかなりの程度の超展開が許され、そこで稼いだ尺で下町人情とラブコメ描写を盛り込んだことで結果的に先進的な複合ジャンルに跨いだエンタメ傑作に仕上がった、ともいえると思いました。
謎解きとしては決してフェアではないですが、喜怒哀楽悲喜こもごもさまざまな人間模様に注視しているからこそ却ってミステリーとしての普遍的な完成度が高まったとも言えるなかなかに稀有な作品だったのではないでしょうか。
Ⅲ. おしまいに
というわけで今回は戦前の傑作ミステリー邦画『昨日消えた男』(1941)について書きました。
原版のマスターの状態が芳しくないためか、ところどころ音声や画像に乱れや飛びが有ったのがなんとも口惜しやなので、是非ともどこかでネガフィルムが発見されてより状態の良い本作が現行ソフト化やサブスク配信ラインナップに加わって欲しいものです。
また、時代が戦争一色に染まっていく中、本作が数少ない戦時色を免れた娯楽作として当時の人々に親しまれたのかと考えると何とも言えない感慨が湧き上がるところです。
今回はこのへんにて。
それでは・・・・・・どうぞよしなに。