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さらば、愛しきヌートリア

ぼくはほとんど毎日、川辺を歩いたり、自転車で走ったりしている。それは鴨川であったり、または賀茂川であったり、あるいは高野川であったりする。京都の町には南北を貫く大きな川があるので、日常的にこの川を使う。鴨川を一度でも歩いたことのある方ならきっとお分かりだろうが、鴨川には信号がないので不毛な停車をする必要がないし、大通りのポイントでは道路に出られるようなスロープも用意されている。それはまるで高速道路のようだ。しかも無料なのである(当然だ)。それだから、たとえば今出川から丸太町までという短距離でも気軽にこの高速道路を使うことができる。たしかに、サービスエリアなんてものはないけれど、川から外れて町に出たら魅力的なお店がそこかしこに点在しているからなんてことはない。昔から大きな川のある町は発展するとはよく言ったもので、京都の発展はこの鴨川と共にあると言っても過言ではないのかもしれない。


また、鴨川の魅力は交通の便だけではない。鴨川独自の生態系があるのがとてもいい。出町柳の鴨川デルタでは学生が夜遅くまで花火大会や酒飲み大会を催しており、今出川と丸太町の間ではいつもダンスサークルと見える人たちがダンスの練習をしている。そうかと思えば、前からは人間に散歩をさせている犬が歩いてくる。最近はペットボトルのキャップで野球をしたり、モルックをしている学生もよく見かける。そんな人たちの間をカモやサギが飛んだり歩いたりぼんやりしたりしていて、その横を見れば半裸のおじさんが陽に焼かれたりしている。出町付近によく出没するのは、ぼくが「鳥の羽の帽子おじさん」と呼んでいるおじさんで、鳥の羽を貼り付けたハットとショートパンツがトレードマークのおじさんだ。彼はよくハーモニカを吹きながら凧揚げをしている。平日の朝から缶の酒を飲んでいるのをよく見かけるし、昼には呑気に凧をあげているのだから、彼はおそらく不動産収入などの安定した収入があるから働く必要もなく、そんなことができるのだろうと思い、うらやましくなる。とはいえ、たとえぼくに安定した不動産収入があったとしても、ハーモニカを吹きながら凧揚げをするなんて芸当は到底できっこない。


このように、鴨川には多種多様な野生の動物たちが生存しているのだけれど、最近ぼくはヌートリアによく出会う。

なんと可愛いヌートリア

彼はまん丸な目をしながら、いつも独りで河川敷に上がってきては必死に草を食べているのである。言ってみればただの大きな外来種のネズミなのだけれど、一生懸命に草を食べている姿を見ると、ぼくはどうしようもなく可愛いと思って連れて帰りたくなる(が、外来種の彼を勝手に連れて帰ることは鴨川条例か何かの決まりで禁止されている)。ぼくの仕事が終わった帰り道に三条あたりの鴨川を通る17時半ごろ、必ずと言っていいほど彼はそこにいる。まるで、行きつけの飲み屋でよく出会うおじさんのような親近感があり、彼がいるとぼくは足を止めて近くに寄って彼の食事を眺めるのである。きっと彼も怒涛の1日を終えた後なのであろう。まるで仕事終わりの生ビールを飲むような豪快さで草を食べているのが非常にいい。


ところが、ある日突然にその草がきれいさっぱりなくなっているのである。

草が刈られた鴨川の様子


案の定、彼もいつもの場所にはいない。きっと今日の彼は戸惑ったことだろう。1日の疲れを癒すため、あるいは労うため、空腹で河川敷に上がってくると、昨日まで豊富にあった草がきれいさっぱりなくなっているのである。そんな彼の気持ちを思うと、ぼくはいたたまれない気持ちに見舞われる。そりゃそうだ。ぼくだって、いつもの行きつけの店に1杯飲みに行こうかと自転車を走らせ、到着するやいなや店がそっくり姿を消していてはきっと狼狽してしまうことだろう。あんまりだ。ぼくは、彼が人間に駆除されることなく、また飢餓に苦しんで息絶えることなく、梅雨を終えて草が伸びたころ、きっとまた河川敷に上がってきてくれ、再会できることを願っている。そしてその時は、ぼくも一緒になって、彼と一緒に草を食べようかと思っている。だからその時まで、さらば、愛しきヌートリア。

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