見出し画像

【逆光記】尾道・オブ・ワンダー

 例えば、小津安二郎の『東京物語』は、『東京物語』と名乗っておきながら東京では物語が完結せず、尾道が映画の舞台において名脇役的な存在感を放っている。さらにいうと、大林宣彦は尾道で数々の映画を撮っており、遺作である『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』も同じく尾道が舞台である。そして、何を隠そう、かの須藤蓮は尾道を舞台に『逆光』を撮った。尾道は紛れもなく映画の町なのである。

 『逆光』の脚本を手掛けた渡辺あやさんが言うところによると、尾道は人を美しくみせる町であるらしい。東京や大阪など、巨大な建築物がひしめく都市の中に人がいると、人間が建築物に敗北している感覚を覚える。一方尾道という町は、建築物のサイズ、土地の高低差、光の当たり方などが合間って、一見何気ない風景でも、そこに人が立てば、急に素敵な景色に様変わりするという。

 僕は高校時代まで広島県広島市で暮らしてきて、尾道市と同じ屋根の下というか、同じ県の中で過ごしてきたわけだけれど、尾道に行ったことはなかった。何しろ、バイトをしていない高校生に撮って、広島ー尾道(自宅ー広島駅の交通費もなかなかのお値段)、往復5000円ほどの交通費を支払うことができないからだ。月のお小遣いの大半を交通費に費やし、残ったわずかなお金で尾道を遊ぶ。そんなマゾヒスティックな遊び方をすることはなく、尾道へ遊びに行くこともなかった。尾道の方が来てくれるなら尾道で遊びたいと思っていたけれど、結局それも叶わなかった。

 『逆光』の活動をしていると、どうしても尾道の話になりやすい。お客さんとも、「あの場面は尾道のあの坂ですよね」なんてトークをしているけれど、僕は尾道を知らないので、どこがどこなのかさっぱり分からない。地元である広島と、宣伝活動に関わっている『逆光』、この2つを持ってしても、尾道の無知には敵わず、なんだか、何か比喩を用いて喩えたいけれど、良い比喩が何も浮かばない、ちょうど今のような変なもどかしい気持ちになる。ので、僕は尾道に行った。

 道端の猫をツンツンしようとすれば逃げられ、階段を下れば滑って転び、どうしても行きたかった”ばら屋喫茶店”(『逆光』のロケ地)は休業しており、勧められた”ネコノテパン”もまた定休日で、おいしいソフトクリームを食べたい!と見つけた”からさわ”もまたまた定休日だし、5月にしてはやけに暑いし、坂が多いせいで歩き疲れるけれど、海に出っ張ったコンクリートの部分(よくおじさんが先端に座って釣りをしているイメージがあるあのコンクリート)で大の字になって寝ころんだ時の気分のよさったら、決して京都の鴨川でもなかなか味わえるものではない。地面から伝わる熱、空気に触れる肌が感じる熱、太陽からまぶたに目掛けて突き進んでくる熱、いろんな種類の熱を感じることができて、そういえば『逆光』もいろんな種類の熱を感じた映画だったと思い出した。尾道にはいろんな種類の熱がある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?