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人生相談をされた。

人生相談をされた。

 母の学生時代の友人からだ。中学生になった息子についての相談を受けた。

 彼女は早くに離婚し、シングルマザーで息子を育ててきたそうだ。息子は母からの愛を十二分に受けてすくすくと、反抗期らしい反抗期もなく、素直で聡明に育っていたそうだ。
 そしてそこそこの苦労をして進学校と呼ばれる中学に入学し、暫くは今まで通り親子二人で生活リズムの変化の潮流に耐えていたらしい。

 変化は夏ごろから始まったそうだ。
 彼は今まで苦労したことの無かった『学校の勉強』というのに手を焼いて、意気消沈する日が多くなったそうだ。

 これは僕にも覚えのある話だ。
「覚えのある話だ」などと書くと、まるで僕が小学校で秀才だったような印象を惹起してしまい心苦しい。僕は小学校のころから一貫して勉強というものには手を焼いていた。(というか手を焼かないように逃げ回っていた慣れの果てが今の自分だ)。

 そんな僕でも、算数が数学なんてオラついた名前に変わって、-(マイナス)だとか第3象限だとかいう、悪趣味なアクセサリーでジャラジャラと身飾って急に牙を剥いて来たので、大嫌いになってしまった覚えがある。
 その上、大の得意だった理科がその数学とつるみ始めたせいで、得点源のほとんどを失ってしまった事があった。

 聞けば彼は勉強に嫌気が差し、また中学校という場所自体が小学校に比べて俄然楽しくないという理由で、不登校を仄めかすまでになったそうだ。

 これもまた僕にも覚えのある話だ。
 男子校の中学に入った途端に同級男子の数が20倍近くに増えて、今まであまり会ったことの無かったような様々な価値観に触れ、「こんなグチグチとしたねちっこくて女々しいやつも多いのか」とショックを受けたし、テストの採点間違いを教師に申し出たら、「そんなボーダー上でもないのに1点くらいわざわざ言わなくていい」と無下にされて、そのいい加減な応対を小学校教師のいかなる不正とシャープペンシルの使用を見逃さない教育者然とした勤務態度と比べて憤慨したりもしていた。

 教科書は重いし、bとdは書き間違えるし、女子がいないから華やかさ0だし、詰襟は苦しいし、留年はあるし、そのくせ交通費は大人料金で2倍になるし……。
 楽しいことばかりではなかった小学校時代の思い出を粉飾して、ああ、なんて楽園だったんだろうなどと懐古に浸っていた。(そういえば中学1年生の5月くらいに同級生が小学校時代を「子供の時」と呼んでいるのを聞いて、2か月前じゃろがい!とひどく馬鹿にしていた記憶がある。)。

 そして古巣の小学校を訪ねた折に、恩師に「いやぁ、小学校の方が良かったですよ」などとしたり顔でぼやいていたのだった。(いま思えば小学校時代を「子供の時」と呼ぶ同級生と言動が同レベルだ。同級生、馬鹿にしてごめん)。

 相談主の彼の母親は

「私は学校の勉強が嫌になった事はなかったし、男の子の気持ちも分からない。聞ける相手もいないから、誰か比較的年が近い男性で、かつ学校に行きたくないと喚いたことがある人を探している。学校の勉強でつまずいたことがあれば尚良い」

ということを同級の集いで言ったそうだ。
 そして僕の母が一も二もなく名乗り出て、息子の僕にお鉢が回ってきたということらしい。めっちゃ失礼だな。

 ただ責任重大なことは確かだ。僕は人が果たして他人に救いをもたらせるのか?ということにかなり懐疑的だが、こうなったら変に格好つけたことを言わずに、本音でメッセージをしたためるしかあるまい、と考えた。


 僕が作ったメッセージは以下だ。

「確かに学校は楽しくないかもしれない。それはそもそも学校が楽しい場所じゃないからだ。学校に楽しさを求めちゃいけない。
 僕は小学校1年生の時からずっと学校に行きたくないと思っているし、そうぼやいてて問題になった事もある。
 中学校進学時は毎日腹痛に見舞われるほど嫌だった。大学生になった今でもキャンパスに行きたくなくて、泣きながら渋谷駅で乗り換えしている。
 それでも、学校が楽しい所だと思っていなければ、絶望することもないから何とか通っていられる。学校は楽しくないのが正常だ。だから頑張って楽しもうとせずに、気負わずに通うのがいいよ」

 これは相談主と我が母にひどく評判が悪かった。「結局のところ不登校を煽っているのではないか」「ここまで捻くれた人間だと思わなかった」。
 そして、彼へのメッセージはコンプライアンスのフィルターを掛けられて

「今は学校楽しくないかもしれないけど、中学入学時はみんなそうだよ。きっとそのうち変わるから、通い続けるのがいいと思うよ」

という上澄みだけを掬ったようなメッセージが届けられることになった。

結局、彼は2日学校を休んだら気が済んだらしく、それからは元気に通学しているそうだ。

もう僕に相談が来ることはないだろう。

そして僕はきっといつまでも、駅で涙しながら電車の乗換をするのだ。

めでたしめでたし。

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