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年の瀬の手袋

「年末最後のタイムセールです!
今年最後!みなさん!この機会をお見逃しなく!!」

ワシがふらりと立ち寄ったスーパーでは、大音量でタイムセールの案内が流れておる。
ワシの若かった頃は、スーパーなんぞいうものはなくて八百屋・魚屋と分かれておったもんよ。昔と今とじゃぁ全然違うとる。

あぁ今年も年の瀬か…
そうやって久しぶりの下界の空気を思い切り吸い込んだ。

最近のよしこはしっかり丸うなってしもて、
見ててハラハラすることがあるわ。
よしこは元々背丈も小さいけど、さらに小さくなったように感じる。
でもそらそうやわな。

ワシとよしこが出会うたのは、もう
50年も前のことやしな。
ちょうど今から50年前、
世間はちょうど学生運動真っ只中で、
沖縄返還も決まったその頃ワシは地元の小さな運送会社に勤めとって、そのときよぉ通っとった喫茶店のウエイターさんがよしこやったな。

ちょうどフォークソングが流行り出した頃で、
店内にはジャズやらフォークソングが流れとった。ワシはよしこより10歳近く歳が離れとったけど、その頃から背の小さなよしこが可愛くて可愛くてしゃあなかったわ。

よく水こぼしたりするおちょこちょいなところもあったけど、コロコロ笑う朗らかなよしこの笑顔が何よりも大事やった。

「泰雄さん」言うて呼び掛ける声も大好きやったで。
あれからもう50年か
ほんまにあっという間やったな。

そうやって思い出に浸ってたら、
我が家の玄関からやすこが出てきた。
泰雄の泰と、佳子の子で泰子。
ええ名前やと思わへんか。

「お母さん、ほな買い物行ってくるわー」
泰子はほんまにええ子やな。
よしこの面倒を今1番見てくれてんのは、正直泰子やで。

「よしこぉ、良かったなぁ」
届くはずもないその声をよしこに呟いた。

泰子が出掛けた後、
よしこはワシの写真の傍にきて
話しかけててくれた。

「お父さん、今日もやすこが家を訪ねてくれましたよ。あの子はほんまにええ子に育ってくれたと思う。それに…あの子の今してる手袋、前にお父さんくれたやつですよ」

そうやったんか、
全然気づけへんかったな
アレはよしこが寒そうにしてたから、
咄嗟に貸した手袋やったな。

大事にしてくれてんねんな

いつも傍にいてあげられへんでごめんな。
よしこのことも、泰子のことも大切に思うてるからな。

ワシが今度帰ってこられるのは五山の送り火のときやけど、それまで元気でいるんやで。

そう独りごちながら、ワシは家を後にした。
#もうひとつの物語 #小説 #エッセイ #短編集 #年の瀬 #手袋

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