丘のうえのハウゼン博士 最終回


「羽、お前は今後のために力を磨いていかないといかん。」

朝の4時半
朝の冷気が漂う道場に、作務衣で座禅を組む。
それがもう長い間の習慣だった。

神様の怒りを鎮めるそのために祈りを捧げて生涯を過ごす。
この土地には悲喜交交の願いが浮遊していた。

生きとしいけるもの、まだこの世になんらかの未練があるもの。
願いは必ずしも叶えられるものではないのだから…。
そう先代から教えられていた。

ただそれぞれの魂は本来いるべき場所があるはずだ。
そこに戻ってもらう、その手伝いをするために俺らがいるのだとも教えられていた。

ーーーー

「羽どうしてここに?」
気づいたときに、わたしは何もなくなった丘のうえにポツリと立っていた。

そして、その横には羽がわたしの手を握って立っていた。

「藍美ようやく見つけた…」
わたしの頭一個分背の高い羽を見上げると、
急いで来てくれたのか、身体中汗びっしょりになっていた。

確かわたしはハウゼン博士に閉じ込められて、生贄にされそうになっていたはず…

なのに部屋じゅうが眩しい光に包まれてから、気づいたらハウゼン博士は居なくなってしまっていた。

「ハウゼン博士は…?」
「あの人達には過去の記憶に遡ってもらったんだ。今までいた世界は彼らの本当にいるべき世界ではなかったから」

「どういうこと…?」
すると羽は手の甲で汗を拭いながら、こう続けた。

「藍美はパラレルワールドって言葉は聞いた事あるか?」
「確か…いまある世界から分岐して、並行するように存在する別の時空のことだよね?」

「せや、生きとしいけるものには全てにパラレルワールドが存在するんや。自分の意思や怨念、どんな選択肢をそのひとがするかによって世界軸は変わる。そのことに皆んな気づいてないだけなんや」

「もしかして…」

「そうハウゼン博士とメアリーさんには、過去の時間軸のもといた場所に帰ってもらったんや。あの人達は薄々ここは本来じぶんがいるべき場所じゃないことを知っていたはずや。じゃないといわゆるこの世に存在するための生気を求めなくても良かったはずやから…。それが出来ひんかった言うのはこの世に未練があったのか、もしくはじぶん達がいなくなることを認めたくなかったかのどちらかやと思うよ」

「そうだったんや…わたしはメアリーのことも、ハウゼン博士のことも伝えないが優しさやと思ってしまってた…」

「藍美の優しさは分かるけどそれは違うよ。ときには毅然とした態度で、その人の考え方のずれをたださないといけないこともある。現に言い方は悪いけど藍美の優しさに今回つけ込まれたわけやろ?」

確かに、わたしがハウゼン博士に本当のことを言えなかったから…結果閉じ込められてしまった。

「羽…見つけてくれてありがとう…」
わたしは大きくて温かな羽の手をギュッと握った。

羽はホッとした様子でわたしの方を見て、
「5日以内に見つけられてよかったわ。波動を感じるのに時間が掛かってしまった。この土地の力を借りるのは結構大変やからな…」と言った。

「え、もう5日も経ってんの?」
「せやで、もう藍美がおらんくなってから現実世界では5日目や」

どうりで…何も食べてないこともあってか力が入らないわけだ…。

「藍美掴まれるか?」
そうして羽は、ンと言ってわたしの方にしゃがんで背を向けた。

どうやら自分の力では歩けそうにない。

わたしは最後の力を振り絞って、大きくて広い羽の背中におぶさった。

羽の背中はじんわりと温かかった。

夕暮れが近づいていた。

「藍美、約束してくれ。
見えないものに力を注ぐのは良いけど、まずは自分の身体を大切にしてくれ。人に優しく出来るのは、じぶんのことを大切にして初めて優しゅう出来るんや。自分の身体のこと、もっと考えてほしい…」

「分かった…」

「俺もいつでも助けに来れるわけちゃうんやからな」

西の空が赤く染まっていた。

ハウゼン博士と、メアリーはちゃんと自分の居場所に帰れただろうか。

あの2人が幸せになってくれていたらと、思いながらわたしは丘のうえのハウゼン博士の場所を後にした。



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